それぞれの決着(二)

 垂れこめた雲が地表にまで覆いかぶさるような重苦しい空。

 歴史が変わろうとしている帝都ミューズ、その裏町。湿気といくつもの視線をまとわりつかせたまま狭い街路を歩く。




 フレッソ・カーシュナー、あの男が皇帝にくみしていたことは確かだ。殺されたエルトリアの駐在武官、皇帝軍からの投降兵、複数の証言がそれを示している。

 魔術師の立場が比較的低い帝国とはいえ、処世術にけた彼ならば自らを売り込むことも、立場を上げていくことも難しくはないだろう。


 事態の趨勢すうせいに敏感なあの男だ、皇帝の命運が尽きたことは既に承知しているはずだ。諸侯軍による帝都の攻略が始まれば混乱に乗じて逃亡するに違いない。いや、もしかすると既に逃げ出しているかもしれない……


「……いる」


 北北西に三百歩余り、【魔力感知センスマジック】に複数の反応がある。数は十から十二といったところか。


 これは魔術を施された何者かが移動していることを意味する。骸骨兵士スクレット魔像ガーゴイルという可能性も無くはないが、そんなものが街中を集団で移動しているとは考えにくい。だとすればこれは……




「フレッソ・カーシュナー!」


 入り組んだ街路の向こう、遠ざかる一団に向けて声を放った。

 見覚えのある人影が足を止めて振り返る。多数の人形兵ペルチェを引き連れているのは、やはり思った通りの人物だった。


 紆余曲折うよきょくせつという言葉ではあまりにも足りない。様々な混乱を巻き起こした末にエルトリアを追われ、帝国にくみした赤毛の魔術師。


「……こんな所まで何をしに来た、ユイ・レックハルト」


貴方あなたとの決着をつけるために」


 フレッソの言葉がやや遅れたのは、遠い異国まで自分を追ってきた私に驚いたためだろう。半分は誤解だけれど、わざわざ訂正する必要を感じない。


 それよりも嫌悪感が先に立つ、なぜなら全ての人形兵ペルチェが若い女性だったから。この男がたぶらかし利用するのはいつも女性ばかりだ。

 彼女らが背負う大きな袋の中には財産や食料でも入っているのだろうか。人形兵ペルチェにはそのようなものは必要ない、全てこの男のためだ。




「ふん、しつこい女だ」


 人形兵ペルチェをけしかけ、自らは身をひるがえして街路の奥に消える。この男はいつもそうだ、他者を犠牲にして自分だけは逃れようとする。


 水色のワンピースを着た人形兵ペルチェが両手を振りかざして迫る。まだ年端としはもいかぬ顔立ち、このような子を物言わぬ人形と化せしめた男に改めて怒りを覚える。せめてもの慈悲とばかり一刀で頭部を斬り飛ばした瞬間、視界の左が微かに光った。


「……っ!どこから!?」


 思わぬ方向から飛来した【光の矢ライトアロー】を左の手甲で受け止めたものの、衝撃で金具がはじけ飛び裂傷を負った。

 敵の位置を探ろうとするが、遮蔽物しゃへいぶつが多く複数の気配がする街路ゆえすぐに見失ってしまう。さらに至近では人形兵ペルチェが振るう短剣が身をかすめる。


 これはフレッソの戦い方が巧みというよりも、私が不利な戦場に飛び込んでしまったのだろう。四方を囲む多数の気配が人形兵ペルチェのものか住民のものか判断がつかない、どこから何の魔術で狙われているかもわからない。




「二十年以上も前の話だ。男女二人の魔術師が【転生リーンカネーション】の秘術を試みた」


 フレッソの声。だがどの方向から聞こえてくるのかわからない、おそらくは【風の声ウィンドボイス】の魔術を使っているのか。



「事情は知らんが、現世で結ばれないならばと可能性は低くとも来世に賭けようとしたらしい。だがその術は失敗した」


 薄靄うすもやの中、四方を囲む人形兵ペルチェの目が鈍く光る。だがその瞳は何も映しておらず、何らの意思も感じない。



「二人の意識は別の世界に飛び、それと等価の意識がこちらの世界に移された。等しく絶望にさいなまれたくらい魂、というのがその理由だ」


 この男は何を言っているのだろう、どうして今頃こんな事を明かすのだろう。等価の意識とは何の事だろうか。



「俺達の事だ。俺とお前の意思はこちらに移され、新たな生を受けた。迷惑な話だ、ようやく終わったと思った苦痛がまた繰り返されたのだからな」


 彼もまた辛い幼少期を送ってきたことは知っている。違うのはその後だ、私はこの生を恨まず諦めず、後悔を残さずまっとううすることを心に決めている。



「私は迷惑だなんて思ってない。貴方あなたが世を恨むのは勝手だけど、一緒にしないで!」




 いくら話しても無駄だ、どこまで行ってもこの男とは分かり合えない。これ以上フレッソの言葉に惑わされまいと地を蹴った、だがその足が地面を離れない。


「しまった!【影の束縛シャドウバインド】!」




 今さら無意味な言葉に惑わされまいとした、それ自体が心の乱れだったのだろうか。いつの間にか足首に絡み付いていた闇色の触手を斬り払う私の視界に、四方から殺到する人形兵ペルチェが映った。

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