おかえりなさい

「おねえちゃん、おかえり!」

「おかえりなさい!」


 家の外で待っていたシエロ君とクリアちゃんが飛びついてきた。庭仕事をしていたアメリアさん・・・・・・お母さんに挨拶を済ませて荷物を下ろす。


 自分の家、帰るべき場所ではあるのだが、新しい家族とここで暮らしたのはまだ三十日あまり。軍学校で過ごした時間の方がはるかに長いのだ、「やっぱり家が一番」などという言葉は出てこない。

 それに私は、家族団欒だんらんなどというものに慣れていない。子供の頃からろくに食事を与えられなかったし、この子に生まれ変わる前の断片的な記憶をたどっても、温かい夕食の映像など浮かんではこないのだ。


 一人旅は気楽だったなあ、友達との二人旅は楽しかったなあ。尊敬できる両親に助けられ、にぎやかな家族ができたというのに、たまにこうして違和感を覚えてしまう自分が少し嫌になる。でも。


「おねえちゃん、ありがとう!」

「すげー!やったー!」

「あら、私にも?気を使わなくてもいいのよ」

「これは良いな。大事に使わせてもらうよ」

「俺には俺には?」


 みんな揃っての夕食でお土産を披露して、目を輝かせてくれるのは素直に嬉しい。


 両親には鋳物いもののタンブラーと、カチュアの家でたくさん飲まされた蒸留酒。シエロ君とクリアちゃんには色違いの砂時計。ロット君には果実の中身をくり抜いて乾燥させた水筒。一人一人の顔を思い浮かべて選んだ甲斐があったというものだ。


「シエロ、クリア、お姉ちゃんにあれ渡して」

「はーい!おねえちゃん、おたんじょうびおめでとう!」

「え、私に!?」

「旅先で十六歳になっただろう。みんなからお祝いだ」

「細工屋の親方に造ってもらった特注品だぞ」


 緑色と銀色の繊維で丁寧に編まれた組紐くみひもの先に、同じ色の小さな石と房がついている。カチュアに貰った細月刀セレーネの鞘に取り付けると、そこにあるのが当然のように収まった。


「ありがとう、ございます・・・・・・私なんかのために」

「私なんか、という言葉は良くないぞ。お前はもっと自信を持っていい」


 私はうつむいたまま、顔を上げられなくなってしまった。こんな人達に対して違和感などと思ってしまった申し訳なさで胸が一杯になる。

 でももう少しだけ、家族というものに慣れる時間が欲しい。そしてたぶん、この人達はそれを許してくれる。




 夕食の後。クリアちゃんを膝の上に乗せ、絵日記を見せながら旅先のお話をしているとき、ふと思った。

 もし世界の隅々まで見て回るという夢が実現したとして、それを私の頭の中だけに閉じ込めているのは勿体もったいない。私がこの目で見たものを文字と絵で残すというのはどうだろうか。もっと絵が上手ければ多くの人に伝えられるかもしれない。


「ねえ、ロット君!お兄ちゃん!」

「なんだよ、気持ち悪いな」

「絵を教えてくれない?」

「あん?」


 ロット君は細工屋さんで二年ほど働いていたことがあるはずだ。あの店の陶器や木箱に描かれた絵は見事なものだった、彼も基礎くらいは教えてもらっているのではないか。


 試しに紙と木炭を手渡して、お土産の砂時計を模写してもらうことにした。正直あまり期待していなかったのだが、ロット君の絵はなかなかのものだった。砂時計の透明感や陰影を木炭一本で写実的に表現している。


「すごいすごい!教えて教えて!」

「そ、そうか?このくらいでいいなら・・・・・・」

「端っこを軽く持つんだぜ。少しずつ色を乗せていくんだ」

「うーん。なかなか難しいね」


 これはかなりの練習が必要なようだ。軍学校に戻ればまた学業と訓練と仕事の日々が続くのだから、家にいる今のうちにたくさん教えてもらわなければ。


「ねえ、ガラスの透明感を出すには・・・・・・」


 いつの間にかシエロ君までやってきて、テーブルの向こうから一緒に私の絵を覗き込んでいる。

 でも何だろう、この顔は。下目使いで鼻の下を伸ばして、二人揃ってかなりの間抜けづらをしている。


「え、お、透明感?それはな・・・・・・」


 ・・・・・・これか。これだ。私の服は全部洗ってしまってお母さんの服を着たのだけれど、大きさが違いすぎて胸元が大きく開いている。二人が覗き込んでいたのは絵ではなく、私の服の中身だったようだ。


 胸元をかき寄せて私は思った。もしもう一度生まれ変わって男性に戻ることがあったら、こんな阿呆面あほづらだけは絶対にすまいと。

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