リーベ市防衛戦(八)

 ファルネウスさんの剣技は特筆すべきものではない。カチュアはもちろんエアリーや、もしかすると私にも及ばないかもしれない。


 だが魔人族ウェネフィクスゆえの身体能力、幾多の修羅場をくぐり抜けたであろう精神力、命のやり取りを重ねた経験値、それらを総合するとこれほどの強さになるものか。

 私とて一人前以上の剣士と自負していたが、ものの数合も打ち合わぬうちに数歩の距離をね飛ばされてしまった。


「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片、集いてはしれ!【葉の旋風ワールリーフ】!」


 足元の下草が、ちぎれ飛んだ葉が、渦を巻いて魔人族ウェネフィクスの視覚と聴覚を奪う。


「ふん……」


 その中でさえ難なく私の斬撃を受け止め、すぐに反撃の一閃。かすめた剣先が胸当てを削っていった。


「おい。俺に『所詮しょせん人族ヒューメル』などと言わせるつもりか?」


 舌打ちせんばかりの表情を、ファルネウスさんは浮かべた。




 この人は私に何を期待しているのだろう。それが何かはわからないが、戦況にも私自身にも余裕は無い。できるのは死力を尽くして戦うことだけだ。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 人族ヒューメルの限界まで強化された脚力で地を蹴り、瞬時に間合いを詰める。擦れ違う一瞬に剣をはしらせる。並みの者であれば気付かぬうちに首をねられるであろう一閃も、それを上回る速度でかわされた。


 周囲のエルトリア兵も私とファルネウスさんの動きをとらえることができず、ただ右往左往するのみ。その間にも帝国兵が陣内に侵入してくる。


「この人は私が抑えます!皆さんは拠点を守ってください!」


健気けなげなものだな、俺にかなわんことぐらい分かるだろう」


 ファルネウスさんの言葉は事実を言い表している。【身体強化フィジカルエンハンス】の魔術を使ってようやく敏捷性で互角といったところだ、効果時間が過ぎれば一気に形勢が傾いてしまう。

 だがここは最終防衛線、そう簡単に退くわけにはいかない。


 下草を蹴り、森の中を高速で移動しつつ剣を合わせること十余合。陽動フェイントで相手の動きを止めた瞬間、用意しておいた魔術を発現させる。


「草木の友たる大地の精霊、その長き手をもっの者を戒めよ!【根の束縛ルートバインド】!」


 地面に付けたてのひらからファルネウスさんに向けて亀裂が走る。身をかわす間もなく地面から無数の植物の根が噴き上がる。


「失望させるなという意味だったのだが、伝わらなかったか?」


 だが。ファルネウスさんが無造作に長剣を舞わし、足に力を込めると、絡み付いた根が残らず切り離され、ちぎれ飛ぶ。

 同時に【身体強化フィジカルエンハンス】の効果時間が過ぎた私は、疲労のあまり剣先を地面に着けてしまった。激しく呼吸を乱して詠唱もままならない。




 帝国兵の侵入が止まらない、私自身もこのままでは勝ち目が無い。この機を逃せば撤退も難しくなるだろう。


「隊長、もう無理です!」


「先に行ってください。ここは……」


 私が、と言いかけて言葉を飲み込んだ。私がどうする?先程のように敏捷性を強化したところで、ファルネウスさんとの間にはどうにもならない実力差がある。


「悪いことは言わん、こちらにくだれ。勝ち目の無い戦で意地を張ることもなかろう」


 知らない相手でもない、それに彼の声からは敬意と実直さが感じられる。

 だが簡単に降伏などできない。小隊の皆に対する責任もあるし、カミーユ君の信頼にも応えたい。


 それにまだ、私には最後の手段が残っている。

身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】ならば僅かに勝機があるかもしれない。効果時間が過ぎれば逃げる力も残らないが、悪くても味方が撤退する時間は稼げるだろう。


「内なる精霊、生命の根源たる者よ……」




「それは駄目だろ、ユイ」


 肩に置かれた力強い手。しばらく聞かなかった懐かしい声。


「こういう時は兄貴に頼るもんだぜ」




 見上げるような長身、一回り分厚くなった体。ぼろぼろの軍装に使い込まれた大剣。


 それら風貌ふうぼうはいいとしても、もっと変わったのは中身だ。この人はこれほど自信と風格に満ちていただろうか?私が最後に見た彼とは全くの別人のようだ。


「ロット君……だよね?」

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