リーベ市防衛戦(九)

「おう。後のことは心配すんな、下がってろ」


 自分でも驚いたことに、私はロット君に気圧けおされていた。


 王都で都会の誘惑におぼれ、魔術抜きの私にさえ敗れたのが四年前。あれから北部方面軍に転属し、心身ともに鍛え上げられたとは聞いている。『大討伐』の帰りに少しだけ会うことはできたけれど、これほどの威圧感を放ってはいなかったはずだ。


「何だ、お前は」


「ロットってんだ。よろしくな」


 短い名乗りに続いて上がったのは、鋭く重い金属音。


 水平にはしったファルネウスさんの斬撃を大剣で払いのけ、体を開いて流す。続く連撃をことごく受け止め、風を裂くほどの横薙ぎを見舞う。胸当てに亀裂が走り、軍装に青い血がにじんだ。


「なんだ。強えと思ったら、魔人族ウェネフィクスかよ」


めるなよ。俺の強さは種族がゆえではない」


「それもそうだな。悪かった」


 激しく重い刃鳴りが連鎖する。体を入れ替え、攻守を変えて十余合。

 しだいに形勢が傾いてきた。ロット君のうなりを上げる大剣がファルネウスさんの長剣を圧倒し、受け止めきれずに青紫色の血が飛沫しぶきを上げる。




 ロット君の剣術は相変わらず粗い。刀剣を操る技術がそれほど伸びたようには見えない。

 ただ、引きずっていた迷いや不安が姿を消したようだ。上手に見せようとしていない、小手先の技術を使おうとしていない。むしろそういった諸々もろもろを力でねじ伏せるような意図を感じる。


 おそらくロット君には、このような戦い方が合っているのだろう。恵まれた体格を活かして体力と腕力で圧倒し、相手に技をろうする余裕を与えない。

 そういえばカチュアも言っていた。「力押しだけの相手は楽だけど、それなりの技術がある相手に力で圧倒されるのが一番嫌だよ」と。


 まさに剛剣。一流ではあっても見せかけの技におぼれたあの後輩、アルバールとは真逆の強さだ。この戦いぶりに『達人エスペルト』という呼称は相応ふさわしくないが、『勇者ヘルト』という呼称がぴったりくるだろう。




 ロット君の大剣が魔人族ウェネフィクスの長剣を押し込み、突き放した。私には全く隙を見せなかったファルネウスさんが数歩よろめき、膝をつく。


「あんた怪我してたろ。また今度な」


「ふざけるな!人族ヒューメルの情けなど受けん!」


 だが私達の周りでは戦況が一変していた。ロット君と同じ軍装の部隊が帝国兵を押し返し、追い立てていく。この白を基調とした軍装はエルトリア王国最精鋭、北部方面軍。


「ファルネウスさん、帝国軍にいる事情は改めてお聞きします。今は退いてください」


「……」


 旧知の魔人族ウェネフィクスは身をひるがえし、悠然と去って行った。


 彼が私に何かを期待しているように、私も彼には特別な思いがある。

 彼が私を見下みくだしていないように、私も彼を恐れてはいない。


 人族ヒューメル魔人族ウェネフィクス、種族という垣根かきねを超えて、互いを大切に思える日が来るのではないか。そのためにはまず、この戦いを終わらせなければならない。




「ユイ、立てるか?」


「うん。ロット君、見違えたよ」


「お前にやられっぱなしで終わる訳にいかねえだろ、兄貴としてはさ」


 小鬼ゴブリンに後れをとっていた彼が、ドルス先輩に為すすべ無く敗れた彼が、刺激的な都会に染まって道を見失っていた彼が。


 あのロット君が、本当に見違えた。

 久しぶりに握った兄の手は、大きくて分厚くてがさついて、豆だらけだった。

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