リーベ市防衛戦(十)

 エルトリア軍はリーベ城塞周辺の防衛に成功し、陽動と思われる城門への攻撃もみ、目前の脅威は去った。


 山間部では最終防衛線まで押し込まれたものの、最後に帝国軍を押し返したのは、ロット君が所属する北部方面軍の一隊だった。


「よく間に合ったね。近くまで来てたの?」


「カミーユの指示でな。三日前には着いたんだけど、町に入らずに近くで待機してたんだ」


 彼らは白を基調とした軍装を身に着けた六十名ほどの部隊なのだが、揃いも揃って人間も武装も傷だらけ。

 無理もない、万年雪の山中や昼なお暗い森の奥で魔獣や妖魔の脅威から市民を守るための部隊だ。見てくれを気にする余裕など無いに違いない。


「ずいぶん鍛えられたみたいだね。別人みたいだよ」


「そうか?まあ、生き延びるのが大変だったくらいだからな」


 事も無げに言うが、ロット君の言葉は現実を表しているのだろう。吹雪の山中や酷暑の沼地といった厳しい環境で日頃から生存術を叩き込まれる彼らは、長い平和に慣れ切った中央部や南部の兵とは顔つきからして違うようだ。


「それで、ロット君……」


 だが。ロット君はまだ私と話している最中だというのに、横から割り込んできた女がいる。




「ロット君だよね!私のこと覚えてる?」


「お、おう。カイナだっけか。魔術科の」


「そう!覚えててくれて嬉しいな」


 丁寧にかれた栗色の髪、ぷくりと膨らんだ唇、戦地に似つかわしくない装飾だらけの外套ローブ、大量の装飾品アクセサリーがついた古木の杖。この女はカミーユ君に相手にされないと見て、今度はロット君に色目を使うつもりだろうか。


 カイナの戦いぶりに違和感は覚えない。むしろ今日の激戦でもよく動き、援護魔術と破壊魔術を使い分けて防衛に貢献したと思う。

 だから彼女が帝国の間者かんじゃだとは思わない。私が警戒し不愉快に思うのは、彼女の性格の部分だ。個人的な感情で味方を疑うようなことがあってはいけない、そう自分をいましめている。


「すごい筋肉~。ねえねえ、触ってみてもいい?」


「え?ああ、いいけど」


「北の方に行ってたんでしょ?やっぱり大変だった?」


「そうだな。食べるものがなくなって、兎とか蛇とか獲って食べたりしたな」


「すごーい。どこでも生きていけるね」


「まあ、そういう訓練したからな」


「今度、夕食食べに行こうよ。カミーユ君が来てから補給が充実して、外食までできるんだよ」


「ああ、今度な」


「うれしーい。楽しみにしてるね」


 ……とはいえ。


 割り込んでおいてこの中身のない会話、必要以上に近い距離、甘えた声、どれもこれもが腹立たしい。

 ロット君もロット君だ。鼻の下を伸ばしていないで、少しは彼女の本性を見ればいいのに。少しは見直したところだったのに、やっぱり脳味噌まで筋肉だ。


 取り残された私は、無意識に地面を蹴ってしまった。




 結果から言ってしまえば、私はこの時、感情を優先してしまうべきだった。


 カイナなんか信用しちゃ駄目だよ。あの子、何を考えているかわからないよ。感情のままにそうカミーユ君とロット君に伝えれば良かったのだ。

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