リーベ市防衛戦(十一)

 翌日もハバキア帝国軍の攻勢は続いた。

 昨日と同じように城塞の正面から下級妖魔が押し寄せ、主力は迂回して山中で主導権を争う。


 ただこの日は主力部隊に積極性が見られない。城塞からの矢が届かない程度の距離を保ちながら、斜面に築かれた陣地に近づいては離れ、申し訳程度に矢を放ったりする攻撃に終始している。


「様子がおかしいね?」


「昨日痛い目を見ていますからね。おとなしくなったんでしょう」


「だといいんだけど……」


 小隊員に話しかけてはみたけれど、明確な答えが欲しかったわけではない。独り言のようなものだ。

 昨日は最終防衛線まで押し込まれてようやく撃退している。多くの拠点が破壊され負傷者も出て、痛い目を見たのはこちらの方だと思う。




 戦意の見られない帝国軍を何度か追い返したとき、視界の端に違和感を覚えた。城壁の片隅に作られた小さな出入口、三人並んでは通れるかどうかの鉄扉。その前に人影が立っている。


「カイナ?あんな場所で何を……」


 その人影が手にした杖で扉に触れた瞬間、分厚い鉄扉がゆっくりと外側に開かれた。


「えっ……!?」


 そんな馬鹿な。城塞の全ての出入口は毎晩、ラミカが【施錠ロック】の上位互換である【封印シール】の魔術で封印をほどこしている。それは彼女が桁違いの魔力を持つ故(ゆえ)だが、昨日は兵士の治療に多くの魔力を使ってしまったため私が代わったはずだ。


 術者以外が【封印シール】を解除するには、術者をはるかに上回る魔力が必要だ。軍学校時代のカイナの成績は私より下だったはずなのに……


「あいつ、力を隠してた!あの頃から!」




 小隊の指揮を隣の隊長に任せ、一人で斜面を駆け下りた。


「カイナ!貴女あなたね、帝国の間者かんじゃは!」


 私が足を飛ばして剣を抜き放っても、魔術科の同期生はにやけた笑いを貼りつかせたままだった。


「やだ、ユイちゃんこわーい」


「馬鹿にして!」


 手加減なしで打ち下ろした斬撃も、カイナの【物理障壁フィジカルバリア】には傷一つ付けられなかった。これだけでも彼女が並々ならぬ魔力を有していることが知れる。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


「それ【光の矢ライトアロー】?私も真似しちゃう」


 至近距離で衝突した互いの【光の矢ライトアロー】が、光と轟音を散らして砕けた。

 詠唱付きの私の魔術と無詠唱のカイナの魔術がほぼ互角、それは圧倒的な魔力の差を意味している。この女はいつから、どれほどの力を隠していたというのか。


「ユイちゃん一人で何しに来たの?」


貴女あなたを倒して扉を【施錠ロック】する!」


「無理だと思うなあ。それに時間もないみたいだよ」




 勝ち誇るカイナの背後には、帝国兵がすぐそこまで迫っていた。

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