リーベ市防衛戦(十二)

 圧倒的な質と量を誇る帝国軍を前に、城塞の扉が開け放たれてしまった。

 これまで私達が何とか戦ってきたのは、このリーベ城塞の城壁あってのことだ。敵の侵入を許せば抵抗のしようがない。


 扉を【施錠ロック】の魔術で閉じることはできる。だが目の前のカイナを倒さないことには、圧倒的な魔力を誇る彼女に【開錠アンロック】で解除されてしまうだけだ。


「どうする?ねえユイちゃん、どうするの?」


 高笑いするカイナに構わず城内に駆け込んだ。すぐに城内の予備兵力が駆けつけるはずだ、この北東方面を担当するのは……


「ユッカ君、こっち!」


 ユッカペッカ君のメブスタ男爵家、一〇〇名余り。


 しかし彼らが城内に置かれたのは、はっきり言ってしまえば弱兵だからだ。装備は整っているが実戦経験は無く戦意にもとぼしく、精強な帝国兵を迎撃できるとはとても思えない。それでもここは彼らに奮戦してもらうしかない、のだけれど……




「ひっ、ひっ、ひいっ……」


 男爵家当主、主将たるユッカペッカ君は、青ざめた顔で震えていた。

 整列した兵士達も同じような有様で固まっている。一人が槍を捨てて逃げだせば皆それにならってしまうだろう。


 カイナの行動はおそらく、ここまで計算しての事に違いない。この扉に【封印シール】を施したのが魔力の高いラミカではなく私であったこと、この場所を担当するメブスタ男爵家が弱兵であること。あの女は薄っぺらい尻軽女の仮面を被って、これまで機会をうかがっていたのだ。




 喚声が上がる。地を鳴らして帝国兵が殺到する。


「ひいっ……!」


 おびえ切ったユッカ君がこちらを見た。


 これは駄目だ、私が何とかしなければ。しかし【土壁アースウォール】の魔術はカイナに解除されてしまうだろうし、【物理障壁フィジカルバリア】などすぐに突破されてしまう。【火球ファイアーボール】などの中級破壊魔術は私の力では一度が限界だ。


 これは私の力ではどうしようもない。僅かでも時間を稼ぐことができれば良いのだけれど……




「ひっ……ひっ……ひるむなあああ!メブスタ男爵家の意地、見せてやれえ!」


 裏返ったユッカ君の絶叫に兵士達が驚き、顔を見合わせる。惰弱と思っていた彼の意外な言葉に、私まで動きを止めてしまった。


「当主閣下の下知げちである!私に続け、奮励ふんれいせよ!」


 騎士アロイスさんが剣を抜き、天に突き上げた。


 おお、と各所で声が上がり、開け放たれた扉に槍先を並べて迎え撃つ。殺到する帝国兵も狭い門扉ゆえ簡単には突破できず、揉み合いが続く。弱兵の意外な奮戦で、エルトリア軍は貴重な時間を稼ぐことができた。


「ラミカ!早く!」


「まってー」


 超ぽっちゃり体形の魔術師がぽてぽてと走ってくるのを、足踏みしながら待つ。


「はあはあ……【施錠ロック】すればいいのー?」


「早く!」


「その身に鉄をも抱えし大地の精霊、固く硬く身を閉ざせ。【施錠ロック】」


 重い鉄の扉が錆びついた音を立てて動き、やがて完全に閉じた。

 ユッカ君がぺたんと尻餅をつき、兵士から歓声が上がる。


「ラミカ、あとはお願い!」


「わかったよー」


 二段飛ばしに階段を駆け上がり、城壁から下を見下ろす。既に城外のエルトリア軍も到着して混戦になっていた。

 その中にあの女の姿もある。再び魔術で帝国軍を援護するつもりだろうか。




 私は【落下制御フォーリングコントロール】の詠唱を済ませ、城壁から飛び降りた。


「カイナ!もう好きにはさせない!」


「しつこい女!嫌われるよ!」


 硝子ガラスきしむような甲高い音。体重を乗せて振り下ろした細月刀セレーネが、カイナの【物理障壁フィジカルバリア】に大きく亀裂を入れた。

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