リーベ市防衛戦(十三)

 混戦の中、カイナを追って斜面を駆け上がる。


 軍学校時代、彼女は目立つ生徒ではなかった。魔術や一般教養などの成績は中の下といったところで、私に嫌がらせを続けていた時も仲間の陰に隠れていた。

 複数の剣術科の男子生徒と遊んでいたようだが、度を過ぎるということもなかった。自分を可愛らしく見せることが得意な、遊び好きな普通の女生徒。


 それらのどこまでが虚構で、どこからが本当の彼女なのか。




「速い……普通じゃない」


 下草が茂り木の根がう山中にあって、装飾過剰の外套ローブひるがえし駆けるカイナの逃げ足は尋常ではなかった。

 私も少々足には自信がある、どころではない。学生時代から競い合ってきたのはあのカチュアだ、巡見士ルティアになってからも訓練を欠かしたことはない。私の武術の土台になっているのは、この鍛え上げられた脚力と身軽さだ。


 その私にして、ともすれば見失いそうになるほどの敏捷性。時折振り返り、あざけるように笑う余裕。


「どこまでも馬鹿にして……」


 ただ、私は冷静さを失ってはいない。彼女を追い立て、帝国軍の援護ができないほど引き離せば良いだけだ。そろそろ頃合いだろう、と城塞に引き返すべく足を緩める。




「エルトリア兵に追われています!こっちです!」


 カイナの声に複数の足音が重なった。見るまでもない、帝国兵だ。見るからに精強、しかも黒髪黒目の女性剣士をはじめ、いくつか見知った顔がある。


「ユーロ侯爵軍!」


 帝国でも武門のほまれ高い精鋭、というだけではない。数年前、滞在中に無理矢理剣と酒を交わさせられた……いや、交わさせて頂いた方々だ。その将たるカチュアとは、もはや因縁という言葉では足りないほど互いの人生が交差している。


 彼らの動きがやや鈍かったのは具体的な命令がなかったためと、やはり私に対しての遠慮があったからだろう。これなら逃げ切れる、ときびすを返した私の足に、下草と木の根が絡みついた。それは剣で切り払う間もなく膝から太腿に、腰にまで及び、身動きがとれなくなってしまった。


根の束縛ルートバインド】の魔術。カイナの笑いをこらえた表情がかんさわる。


「捕らえよ。丁重に扱え」


 敢えて感情を消したカチュアの声。銀鞘の細月刀セレーネは、それを贈ってくれた親友本人に取り上げられてしまった。


「駄目ですよー、この子は魔術師なんですから。これも没収しないと」


 カイナは私の左手を掴むと、魔術の媒体にしている真銀ミスリルの指輪を外した。楽しそうにそれを陽にかざす。




 カイナ、どこまでも忌々いまいましい女。

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