リーベ市防衛戦(十四)

 ハバキア帝国麾下きか、ユーロ侯爵軍の天幕。

 カイナの奸計かんけいはまり、ここに囚われてから数刻が経った。


 天幕の中には私しかいないが、手枷てかせめられて支柱に繋がれ、愛剣と魔術の媒体たる指輪を奪われては大人しくするしかない。

 それに私を捕らえたカチュアは軍学校時代の友人だ。そう手荒な扱いはしないだろうという期待もある。




 天幕が開き、その友人が入ってきた。周囲の気配を探って後ろ手に入口を閉め、膝を抱えて隣に座る。


「……ユイちゃん、また会ったね」


「まあ、近くにいるからね」


「でも、ゆっくり話す時間はなかったね」


「今ならあるよ」


 そのやり取りに、カチュアは頬を緩めてこちらを向いた。彼女のこんな表情は久しぶりに見る、それこそ軍学校以来だろうか。


「何から話そうか」


「手紙の返事、なかなか書けなくてごめんね」


「それは私も。しばらく帝都にいて、監視も厳しかったから」


「帝都かあ、私も行ったよ」


「知ってる」


「そうだった。帰りに会ったものね」


 私が手枷てかせのまま頭を掻くと、カチュアが声を立てずに笑った。そう、彼女はこういう笑い方をする子だった。

 本当に久しぶりだ。軍学校時代の友達が、最近では密偵と追手だったり、敵同士だったりと目まぐるしく立場を変えて、今度は敵将と捕虜。いや、今だけは友達同士で良いのではないか。


細月刀セレーネ、大事にしてくれてるね」


「わかる?」


「わかるよ。使い込まれて傷だらけだけど、何度も修復したあとがある」


「カチュアがくれたんだもの。大事にするよ」


「そっか、嬉しいな」


「残念ながら取り上げられちゃったけど」


「仕方ないでしょ?敵なんだから」


「そうだね」


「そうだよ」


 せっかくの再会だが、ゆっくり語らっている時間は無い。捕虜として主将の陣まで連行しなければならないとの事、当然といえば当然だ。


 天幕を出ると、童顔の騎士が気遣わしげに敬礼した。ロシュフォールさん、三騎士のうち赤い髪の巨漢。ポーラさんにさんざん蒸留酒を飲まされたとき一緒に談話室にいて、確かあの時もこんな表情をしていた。




「これ、返すね」


「え……?」


 ユーロ侯爵軍の陣を出たところで、カチュアに細月刀セレーネと指輪を渡された。


「主将のアリフレート将軍はね、魔人族ウェネフィクスで残忍な人なんだ。そんな人にユイちゃんを渡すなんてできない」


「でもそれだとカチュアが……」


「私なら大丈夫。上手くごまかすよ」


「そういうの苦手なくせに」


「何とかするって。早く行かないと見つかっちゃうよ?」


「……わかった。カイナに気を付けて、あの子、思った以上に曲者だよ」


「わかった。ユイちゃん……元気でね」


「う、うん……」




 彼女の表情と言葉から不吉なものを感じ取ってはいたが、この場で余計なやり取りをしている時間もない。指輪をめ、【開錠アンロック】の魔術で手枷てかせの鍵を外して木々の中に飛び込む。




 一度だけ後ろを振り返ると、親友の姿が遠くに見えた。

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