リーベ市防衛戦(七)

 ハバキア帝国軍の攻勢は正面から始まった。


 街道を埋め尽くさんばかりの兵を押し出し、城壁に梯子はしごを掛けて上らんとする。つちを掲げ、城門そのものを叩き壊さんとする。城塞都市リーベにこもるエルトリア軍は矢を射掛け、石を投げつけ、煮えたぎる油を浴びせて抵抗する。


 ただ、それらの尖兵せんぺい小鬼ゴブリン豚鬼オークといった下級妖魔ばかりだった。確かに数の圧力は凄まじいが、ろくに統率がとれておらず、使い捨てとしか思えない。


「ああ、正面そっちはいいよ。どうせ陽動だ」


 カミーユ司令官はそう言い捨てて、城塞後方の山岳地帯への増員を命じた。

 彼の言う通り、見た目は派手だが大して意味のない城壁の攻防の陰で、本当の激戦は城塞近くの山中で始まっていた。




 間断なく帝国兵が押し寄せてくる。何重にも土塁どるいや柵を巡らせて陣地らしきものは作ってあるが、それら間に合わせ程度の設備では数に抗しきれず、何度も拠点を捨てて後退を余儀なくされる。戦況も厳しいが、それ以上に頭に入れておかなければならない事があった。


「帝国軍の間者かんじゃが紛れている」


 それもおそらく魔術師の中に。そうカミーユ君は言っていたが、詳しく調査する時間はなかった。


 従軍している魔術師九名のうち、五名が城門の防衛に回っている。この中にはけた違いの魔力を誇るラミカがいるため、何かたくらむ者がいても彼女が抑止力になるだろう。


 片や、戦場にいる魔術師は比較的機動力のある者ばかり。私、プラたん、カイナの他には一人だけ。いずれも戦いぶりにおかしな様子は無い。


「隊長、もうここは駄目です!下がりましょう!」


「後退!後方の拠点に移動します!」


 今日何度目かの後退。確か次の陣は土塁どるいも柵もひときわ強固に作ってある、だがそこを抜かれてしまえば私達にるべき所は無くなり、城内に撤収するしかない。それは帝国の包囲網が完成され、後方との連絡が断たれることを意味する。何としても死守すべき拠点だ。




 周辺のエルトリア兵すべてが結集しての抵抗。土塁どるいに隠れ柵を挟んで矢を射かけると、しばし帝国軍の前進が止まった。だがそれもつかの間、大盾をかざした重装歩兵を前面に押し出してじわりと迫る。


 重装歩兵を【根の束縛ルートバインド】で絡め捕り、先頭を【光の矢ライトアロー】で撃ち抜いても、後から押し寄せる帝国兵の波には虚しいばかり。


 その帝国軍の陣頭に、見知った顔がある。


 特徴のない中背の体つき、むしろ目立つことを避けるような動き。だが激戦が続く最前線にあっていくつもの手傷を意に介さず、青色の血をしたたらせて歩を進める姿は、私達エルトリア兵にとっては恐怖の対象でしかない。

 なにしろ先ほどから私達が後退をいられているのは、帝国兵の数よりもこの個人によるところが大きいのだ。


「ファルネウスさん!」


 私は柵の向こうに声を掛けた。


 彼の名はファルネウスさん、以前知り合った魔人族ウェネフィクス。エレナさんという同郷の魔人族ウェネフィクスを諦めきれずにいたが、最後には妖魔から彼女と私の身を守ってくれた。この人ならば私達人族ヒューメルと共に歩んでくれると思っていたのだけれど……


「……お前か。何故こんな所にいる」


「私の台詞せりふです。貴方あなたが帝国にくみする理由がわかりません」


「俺は俺の都合でここにいる」


「それを教えてもらう訳にはいきませんか?」


「隠すつもりはない。だが今はそのような状況でもあるまい」


「では後日、必ず教えてもらいます」


「それまでお前が生きていればな」


 静かに、だが鋭く長剣が振るわれ、柵の一部が斬り落とされた。そこから侵入した帝国兵とエルトリア兵が激しく揉み合う。

 ファルネウスさんはその間に、土塁どるいを蹴って宙で一転。柵を飛び越えてエルトリア陣内に降り立った。私達には真似のできない、魔人族ウェネフィクスならではの身体能力だ。


「お前にも譲れないものがあるなら、俺を止めてみろ。ユイ・レックハルト」


「名前をおぼえて頂けたとは光栄です」




 こうなってしまっては言葉では止まらない。

 この人を、帝国軍を止めるのは私自身と、愛用の細月刀セレーネたのむしかない。

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