十六歳の夢

 私は今、とても緊張している。


 恩人であり、目標であり、あこがれの人であり・・・・・・とにかくこの人と出会わなければ今の私は無い、フェリオさんが目の前にいるのだ。しかも巡見士ルティアを目指す私のために半日をいてくれるという。




「歴史の知識は広く浅くでいいんだ、軍学校の教科書があるならそれだけでいい。あとは各時代の本をいくつか読むといいよ。お勧めはね・・・・・・」


「法律関係は条文だけを読んでも頭に入らないよ、実際にそれを適用する場面を思い浮かべるんだ。僕が使っていた教材があるから、今度送ろう」


 朝早くから自警団詰所の一室を借りて公職試験の対策。


 巡見士ルティアを目指すには、王都で行われる年一回の公職試験に合格しなければならない。軍学校在籍中に試験を受けることもできるが、試験の準備や王都への往復で本来の学業がおろそかになってしまうし、おそらくまだ力不足だ。まずは軍学校を卒業してから試験に集中することにした。




「丁寧に基礎を繰り返したようだね、姿勢がとても安定している。良い先生に出会ったんだろう」


「今のユイ君には長剣は少し重いかもしれないね。身軽さを活かすには軽くて短い武器の方が向いているんじゃないかな」


 陽が高くなってからは剣術の相手をしてもらった。私の先生といえばカチュアのことだ、彼女を褒められたのが何よりも嬉しい。


 最後に一度だけ勝負を挑んだのだが、【根の束縛ルートバインド】の魔術を発動させる前に間合いを詰められてあっさり負けてしまった。魔術と剣術の組み合わせは面白いけど、それにこだわって隙を作ってはいけないよ、と指摘されて大いにへこんだものだ。


「それじゃあ頑張って。君ならきっと良い巡見士ルティアになれる。待ってるよ」

「はい!あの、ありがとうございました!指輪、大事にします!」


 フェリオさんは今夜アカイア市で打ち合わせがあるそうで、軍から借りた馬で慌ただしく去って行った。本当に無理やり私との時間を取ってくれたのだろう。




「・・・・・・という感じで、フェリオさんには全然歯が立たなかったよ」

「へえ。魔人族ウェネフィクスを倒したユイさんがね」

「こいつ本番に強いんだよな。練習ではおかしな負け方するくせに」


 カラヤ村の小さな酒場。明日カミーユ君が隣村に帰るというので、最後に夕食会を開くことにしたのだ。カミーユ君はあまりお酒が強くないのに好きなようで、この日も三杯目の麦酒エールを手にして饒舌じょうぜつになってきた。


「でさ。フェリオさんが独身かどうかは聞いたの?」

「え!?そ、そんなの聞いてないよ」

「駄目じゃん。ユイさんって思い切りはいいのに恋愛には奥手だよね」

「見た目もいいんだし、あの年なら奥さんなり恋人なりいるんじゃない?」

「そうやって自分をごまかすのは良くないなあ」


 黙っていれば中性的な美少年だというのに、顔を赤らめて麦酒エール片手ににやける様は完全におっさんだ。

 それに私には、断片的とはいえ男性だった記憶も残っている。フェリオさんが素敵な男性であることは確かだが、そう簡単に気持ちを整理できるものではない。


「この際ロットでもいいんじゃない?血がつながってないんでしょ」

「あれ?ロット君から聞いたの?」

「いや、言ってないぞ」

「やっぱりそうか。お兄さんを『君』付けで呼ぶ人は少ないと思ってね。ちなみに血縁関係にない兄弟姉妹との結婚は、エルトリア王国法第六条『成人の条件と権利および義務』の附則で認められているよ」


 私とロット君は顔を見合わせた。


「じゃあ何て呼べばいいのかな・・・・・・お兄ちゃん?」

「な、なんだよ。気持ち悪いな」


 ロット君とはお互い異性として意識したことはなかったはずなのに、おかしな事になってしまった。カミーユ君のせいだ。




『私は巡見士ルティアに!』

『僕は将軍ヘネラールに!』

『俺は達人エスペルトに!』




 私とカミーユ君、ロット君が誓い合ったのがちょうど一年前。

 私達はそれぞれの未来にどれだけ近づけただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る