第二次カラヤ村防衛戦(七)

「お待たせ。あとは任せて!」

「おう。頼むぜ」


 私は二人の間に割り込み、長身の男の剣をね上げた。

 ロット君はいくつもの手傷を代償に貴重な時間を稼いでくれた。その期待に応えなければ。


「【身体強化フィジカルエンハンス】とはね。その程度とは残念」

「そうでしょうかね!?」


 地底湖にかかる手摺てすりの無い橋の上、鋼を打ち合う音が連鎖する。【照明ライト】の青白い光が揺れる中で火花が散る。


 傍目はためには互角に見えるだろう。【身体強化フィジカルエンハンス】の魔術の効果で私は人族ヒューメルの限界に近い身体能力を得ている。剛力無双の大男、空中で回転する軽業師かるわざし、精巧な意匠を施す細工師、それらの特長全てを併せ持っているはずだ。それなのに。


「そう、残念です。私を驚かせる奇術を期待したのですが」


 この男の力は想定を超えていた。身体能力は魔術を上乗せした私と同等、いや、もしかするとまだ力を隠しているのかもしれない。技術はさすがにあの達人エスペルトカチュアに及ばないだろうが、私などとは比べるべくもない。正面から戦えば何一つ勝機が見出せないということだ。


「奇術の種が無いなら、もう終わりにしましょう」

「くっ・・・・・・」


 すくい上げる一撃をまともに受け止め、体が浮きかけるのを必死にこらえた。ここで押し込まれると本当に勝機が無くなってしまう。剣を合わせたまま力任せに押し返し、ようやく五歩の間合いをとった。橋の左右、等間隔に三個ずつ宙に浮かぶ透明な球体との距離を測る。


 長身の男がゆっくりと歩みを進める。一歩、二歩。そう、そこだ。あとは度胸の問題。

 私は限界まで強化された脚力で思い切り地を蹴った。瞬時に間合いが詰まる。


「これでっ!」

「はは、所詮は愚かな人族ヒューメル・・・・・・」


 斜め下から飛び込む捨て身の一刀。しかし間合いが遠く、男は上体を反らせてかわした。勢い余った私は橋から虚空に飛び出し、はるか下の地底湖に自由落下・・・・・・


 するほど愚かではない。【色彩球カラーボール透明クリア】の魔術で配置しておいた透明な球体を足場にして、宙で身をひるがえす。

 銀色の光が斜めに一閃。体ごとぶつけるような袈裟懸けさがけに、肩口から腰まで存分に骨を断つ感触が伝わってきた。


 男は言葉もなく橋から転げ落ち、はるか下で激しい水音が上がった。




「驚きました?お望みの奇術」


 私は【身体強化フィジカルエンハンス】を解除し、剣を杖がわりに立ち上がった。


色彩球カラーボール】は魔術の基礎の基礎、指定した座標に様々な色をしたこぶし大の球体を配置するだけの魔術。座標指定の練習くらいにしか用途がないと思われているが、『発動が早い』『力を加えても指定した座標から動かせない』という特性に目をつけて戦術に組み込んでいたのだ。


 【色彩球カラーボール】は中空で薄く硬い皮膜だけで出来ており、強い衝撃を与えると砕けてその場で消滅してしまう。

 本来は足場にするにはもろすぎるのだが、体重の軽い私が何度も何度も着地の練習を重ねたことでようやく使えるようになった。カチュアと戦うことを想定して用意した、文字通りの『隠し玉』だ。


「ユイ、お前すごいな!」

「ロット君のおかげだよ。準備する時間を稼いでくれたから」

「ユイさん、怪我はない?」

「大丈夫、ロット君の方が酷いかな。手当てするから座って」


 背中の鞄(かばん)から薬と包帯を取り出し手当てをしていると、周囲を警戒していたカミーユ君が戻ってきた。


「ユイさん、剣を見せてくれないかな」

「ん。何かあった?」

「これを見てよ」

「・・・・・・青い!?」


 薄暗い洞窟ゆえの見間違いかと思ったが、確かに青い。刀身に残った血も、革鎧に浴びた返り血も、趣味の悪い塗料のような青紫色をしていた。


魔人族ウェネフィクスだ」


 魔人族ウェネフィクス。寿命、知性、身体能力、魔力、およそ全てにおいて私達人族ヒューメルよりも数段優れた種族だという。


 外見は人族ヒューメルと変わらず、血液の色が青いという特徴以外で見分けることはできない。非常に数が少ないため人族ヒューメル社会に紛れて生活しているが、数ばかり多い下等な人族が世界に蔓延はびこることをうとましく思っているとも言われる。


「そういえば私達を『人族ヒューメル』って言ってたものね。小鬼ゴブリン程度に見下してた感じもあった」

「うん、僕も気になってたんだ。まさか戦うことになるとはね・・・・・・」


 私とカミーユ君は同時にロット君を見た。


「何だよ、俺のせいかよ?」

「そうだよね!?」

「そうだよ!」




 翌日、エルトリア正規軍の一隊と私達は地底湖を捜索しようとしたが、思いのほか地形がけわしく、魔人族ウェネフィクスの死体を発見・回収することはできなかった。


 それはそれとして困ったことがある。証拠品として提出した私の武具一式が戻るのはいつだろうか。自警団から借りた品だったのだが、やはり弁償した方が良いのだろうか・・・・・・

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