第二次カラヤ村防衛戦(六)

「あんた、アカイアから来てる商人だよな。鍛冶屋と細工屋に出入りしてる・・・・・・」


 ロット君が剣を構え直し、問いかけた。


「おや、私をご存じでしたか。ならば話が早い、村までご一緒させてください」


 長身の青年は笑顔を浮かべた。太陽が降り注ぐ往来でならば警戒心も薄れようが、薄暗い洞窟の奥で血濡れた長剣を手にしていては禍々まがまがしさの上塗りにしかならない。


「頭いかれてんのかよ。あんたが親玉だろ?小鬼ゴブリンをけしかけて、村を襲わせた」

「ロット君!」

「馬鹿ロット!」


 おかしな表現かもしれないが、私は心の中で頭を抱えた。たぶんカミーユ君も同じだ。


 この男が小鬼ゴブリンを従えていた黒幕、そんな事はここにいる全員が承知している。その上で相手は交渉を持ちかけたのだ、お前達さえ良ければ見逃してやろうかと。

 最低でも【位置特定ロケーション】の魔術が使える上に、立派な武装の小鬼王ゴブリンロードを一刀のもとに斬り捨てる技量の持ち主だ。こちらとしても一考の余地がある。お互いの誤算はこの中に一人、それを理解しなかった者がいたことだ。


「ああ失礼。人族ヒューメル小鬼ゴブリンより僅かながら知能に優れると思っておりましたが、大差ない個体もおりましたね」


 青年の笑顔の質が変わった。邪悪と決めつけて良いほどの悪意が押し寄せてくる。

 それに合わせて足元が小刻みに揺れ始めた。大地の精霊のざわめきを感じる。


「無慈悲な母たる大地の精霊、その手に抱かれ物言わぬむくろとなれ・・・・・・」


 その詠唱に聞き覚えは無いものの、記憶の片隅には残っていた。教科書を一通り予習したときに読み流した中級魔術、【岩棺ロックコフィン】。大地を裂いて対象を飲み込み永遠に閉じ込めるというもので、とても今の私に扱える代物しろものではない。


 足場は狭く、三人全員が魔術の範囲外に逃れる時間もない。もう選択の余地がなかった。


「二人ともここに来て!内なる生命の精霊よ、我が魔素と共に宿りて魂の輝きとなれ!【魔術抵抗カウンターマジック】!」


 中級魔術を抑え込むなど、魔術科一年生の中でも劣等生の私にできるはずがない。凡人以下の魔力に【魔術抵抗カウンターマジック】を上乗せしたところで焼け石に水だ。


 でも成算はある。今日発現させた【根の束縛ルートバインド】、【石礫ストーンブラスト】、【照明ライト】、自分でも違和感を覚えるほど魔力が増幅されていた原因に思い当たったのだ。


「フェリオさん、ありがとう。この指輪ならたぶん・・・・・・やれる」


 左手の小指にめられた指輪が青白く輝いている。魔術の媒体として最高の素材とされる真銀ミスリルで、至高の鍛冶師とされる土人族ドワーフの手によって造られ、私の人生に道を示してくれた巡見士ルティアフェリオさんから貰ったものだ。

 ずっと質入れしてあったそれを、私は昨日取り戻した。


 魔術を増幅させるための媒体はその素材、造られてからの年月、製作者の技術、術者の思い入れによって大きく性能が変わるという。私にとってこれ以上の媒体はあり得ない、あとは自らを信じて思いを乗せるだけ。


「私は!私達は!こんなところで終わらない!!」


 揺れ動く地面に向けて左手を振り下ろすと、地表近くで空気が裂けるような音がした。私達を飲み込もうと荒ぶっていた大地の精霊がしずまり、魔術の気配が消え失せる。


人族ヒューメルごときが生意気な・・・・・・」


 長身の青年が橋の上で歩みを進める。明確な殺意を込めて。


 また私の膝が震えだした。おそらく剣士としての明らかな実力差を本能が感じとっているのだろう。私が知る一番の達人といえばカチュアだが、もし彼女に殺意を向けられればこうなるかもしれない。


 もしカチュアのような剣の達人エスペルトと戦うことになったら。その時の用意が、実は私にはある。


「ロット君、十秒もたせて!」

「お、おう!まかせろ!」


 ロット君も既に一端いっぱしの剣士だ、この男の実力が測れないはずはない。盾を突き出し剣を立て、完全に防御に徹する構えを見せた。


「ほう・・・・・・?」


 男は邪悪な笑みに興味の色を重ねた。滑るように橋の上を移動し、やや遠い間合いから長剣を一閃させる。変則的な軌道を描いたそれは、ロット君の盾を削って左肩をかすめた。


「十秒あれば私を何とかすると?」

「ああ。あいつが怖いなら早く俺を仕留めるんだな!」


 計算したわけではないが、私の言葉は結果的にロット君を救った。男の剣は不規則に揺れ動き絡みつき、相手をもてあそんでは細かい傷をつけていく。その気になればロット君は数秒で斬り捨てられていたことだろう。


 この男は圧倒的な実力を持つがゆえに戦いをたのしんでいる。私のたくらみに興味があるのだろう、魔術を無効化した意趣返いしゅがえしもあるだろう。その慢心、利用させてもらう。


「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素をにえとし仮初めの血肉となれ。【身体強化・全能力フィジカルエンハンス・フルブラスト】!」


 全身に不自然なほどの力がみなぎる。五感や思考までもが加速される。一時的に全ての身体能力と魔力が飛躍的に上昇する、私の切り札とも言える魔術だ。


 そしてもう一つ、この場にふさわしくない生活用の基礎魔術をひそかに発現させていた。




「生命の根源たる水の精霊、来たりて形を成せ。【色彩球カラーボール透明クリア】」

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