真銀の指輪(一)

 三日が経ち、ようやく歩けるようになった私は村の広場への道を踏みしめていた。

 まだ杖は手放せないし右手は固定されたままだが、いつまでも寝ているわけにはいかない。


 早く仕事を見つけて宿代を稼ごう。教会の皆さんには怪我の手当てや身の回りのお世話までしてもらったし、それにボロボロどころか原形不明の金属棒と化した女神アネシュカ像を見たときの司祭様の顔は忘れられない。お金で済む問題ではないが、いつか弁償しなければ。


「ユイちゃん、もう歩けるのかい?」

「あ、はい。少し運動しないと」

「この前はありがとうね。無理するんじゃないよ」

「はい。ありがとうございます」


 市場で野菜を売っているおばさんに声をかけられた。名前は知らないが一緒に教会に避難していた方だ。

 そういえば私も危うく連れて行かれそうになった二回目の小鬼ゴブリン討伐は空振りに終わり、討伐隊は戦果を挙げることなくアカイア市に戻ったそうだ。フェリオさんはあれから会っていないが、まだこの村にいるのだろうか。




 杖を突きながら広場に辿たどり着き、ようやく目的の人達を見つけた。ロット君がカイルさんに剣術の稽古けいこをつけてもらっていると聞いて見に来たのだ。


「雑な打ち込みだな。力を込めればいいってものじゃない、正確な動きを心掛けるんだ」

「それではさっきと同じだ!肩に力が入って動作が遅れている!」

「そうだ!無闇に打ち込んでも意味はないぞ、良いと思った動作だけを体にきざみつけろ」


 ロット君は私と同じ十五歳だというが、既にカイルさんの身長を追い越している。まだ線が細いものの引き締まった体つきで、これから体が大きくなってくれば立派な戦士になるのだろう。

 濃い茶色の髪から汗の玉が飛び散る。同じ色の瞳が強い意志を宿して輝いている。なんだか随分と熱が入っているようだが、彼は自分の将来をどう考えているのだろう。今は細工屋さんで働いてると聞いたが、この様子を見ると剣で身を立てるつもりなのだろうか。


 あ、手の内に力が入り過ぎだ。次の動作を読まれる、やっぱり軽く身をかわされた。カイルさんの剣が軽くロット君の背中を叩く。


「くそっ、何やってんだ俺!こんなんじゃ駄目だ!」

「焦ることはない、良くなってきているぞ。一日や二日で結果を出そうとするな」


 ロット君が悔しそうに木剣を地面に叩きつけた。何だろう、ずいぶん焦っているというか、自分に苛立いらだっているように見える。カイルさんが私に気づいたようなので軽く頭を下げた。


「今日はもう上がれ。ユイ、夕食を用意してあるから後でロットと一緒に来てくれ」

「え・・・・・・あ、はい。ありがとうございます」


 歩けるようになったし、そろそろ教会を出なければ。でも食事と宿はどうしようと思っていたところなので助かったが、またカイルさんに甘えてしまって良いのだろうか。


「お疲れさま。水持って来るね」

「いや、自分で行くよ。怪我してるだろ」


 立ち上がり歩き出したロット君に、杖を地面に突きつつ付いていく。私に合わせてゆっくり歩いてくれているのが分かる、不器用だけれど優しい人なのだろう。


「あまり無理しないでね。体壊しちゃうよ」

「お前には言われたくないな」

「あはは、それもそうだね」

「お前こそ無理するなよ。そんな細い体で、こんな小さい手でさ・・・・・・」

「うん・・・・・・」


 ロット君は共用の井戸から水をみ、それを飲むのかと思ったら勢いよく頭からかぶった。焦げ茶色の頭から水が滴る。


「俺、軍学校に行くことにした」

「軍学校?ジュノンにあるっていう?」

「ああ。本気で強くなろうと思う」

「細工屋さんのお仕事は?」

「辞めるよ。今日伝えてきた」

「そうなんだ・・・・・・すごいね」


 いいなあ、という言葉を懸命に飲み込んだ。人並みの家庭に生まれて色々な選択肢があってうらやましいという気持ちはあるが、生まれの差を言い訳にしてはいけないとも思う。


「じゃあ帰ろう。教会に寄っていくか?」

「うん」


 彼の苛立いらだちの原因は、たぶん私だ。

 体の小さな女の子を守れず、逆に助けられて平気でいられるわけがない。それなりに修練を積んで、ある程度の自信があったなら尚更だ。

 軍学校に行ったらきっと強くなるんだろうな。いいなあ。いけないとは思いつつもやっぱりロット君がうらやましい、そう思ってしまった。

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