リーベ市防衛戦(十五)

 多数の足跡に踏み荒らされた山中を駆ける。リーベ城塞を巡る戦闘は一段落したのだろう、喚声や金属音は聞こえてこない。


 だが先程から周囲に気配を感じる。五人から六人、それも敏捷性に優れるはずの私に離れずついて来る。できればこのまま振り切りたかったが、そうもいかないようだ。


「やっぱり逃げちゃったんだぁ?」


「カイナ……!」




 息を切らすでもなく、魔術科の同期生は軽々と私に追いついた。軽薄で尻軽な二流魔術師という仮面はもう必要ないのだろう、完全に見下した笑いを浮かべている。


「ユイちゃんが逃げたら、カチュアが大変なことになるんじゃない?」


「そんなこと分かってる!」


 足元で大地の精霊がざわついた。い寄る木の根が足に触れる寸前、高く跳躍して【根の束縛ルートバインド】の魔術をかわし、空中で細月刀セレーネを抜き放つ。そのまま小賢こざかしい女の脳天を真っ二つにするつもりで打ち下ろしたが、半透明に輝く【物理障壁フィジカルバリア】に阻まれた。


「自由なる風の精霊、我は汝をまといて駆ける!【風の守護ウィンドプロテクション】!」


 詠唱が終わると同時。左右後方から私に向けて放たれた矢が不自然な風に流され、あらぬ方向に飛び去った。やはり複数の気配は弓兵だったか。それにしても私の足についてくる敏捷性といい、狙いの正確さといい、ただの兵士とは思えない。


 銀色の髪、黒に近い褐色の肌、仮に女性だとしても華奢きゃしゃな体。ちらりと視界の隅に捕らえた姿は噂に聞く種族と一致していた。


ダークエルフ!?」


「せいかーい。なかなかいい人選でしょ?」


 私が亜人種自治区で出会った森人族エルフとは髪や肌の色が違うだけで、種族として異なる点はない。深い森を住処すみかとする彼らは身軽で、しかも多くは魔術を使えるという。このような山中での戦闘に慣れてもいるのだろう。


 左からの【光の矢ライトアロー】をかわし、右からの小剣を弾き返す。打ち返す暇もなく上からの斬撃、これにも空を斬らせたつもりだったが、浅く左腕を捕らえていたようだ。鋭い痛みを覚える。

 ……いや、意外と深かったかもしれない。走るごとに傷口が開き、赤い血が点々としたたる。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 本当はこの魔術を使いたくはなかった。百秒間だけ人族ヒューメルの限界まで敏捷性を引き上げる代わりに激しい疲労を伴うからだ。


 でも今は、ダークエルフの包囲網を抜けなければその後がない。思い切り加速して左右からの刃に空を斬らせ、【根の束縛ルートバインド】で噴き上がった木の根を飛び越え、【葉の旋風ワーフリーフ】で巻き起こされた葉の奔流ほんりゅうを抜けて駆ける。このまま斜面を下ればリーベ城塞が見えてくるはずだが……




「【身体強化フィジカルエンハンス】掛けてこの程度だもんねー。ほんと人族ヒューメルって可哀想」


 信じがたい速度で背後に迫る者がいた。気配を感じた瞬間、背中に激痛が走る。

風の刃ウィンドスラッシュ】の魔術か、と思う暇もなかった。姿勢を崩し、投げ捨てられた木人形のように斜面を転げ落ちる。何度回転したか、木の幹にぶつかって止まった。ようやく声を絞り出す。


「カイナ、貴女あなた、まさか……」


「ようやくわかったの?これだから人族ヒューメルは」




 この物言い、異常な身体能力、隠していた圧倒的な魔力。帝国兵を手に掛けることを躊躇ためらわなかったのは、国などに関係なく人族ヒューメル全てを見下していたためだ。


魔人族ウェネフィクスか……」

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