リーベ市防衛戦(十六)

 痛みに耐えてようやく身を起こした時には、再び周囲をカイナとダークエルフに囲まれていた。




「カイナ、いつから帝国側についていたの?」


「はん?あんたに教えてやる義理があるわけ?」


「もしかして軍学校の頃から?それとももっと前?」


「……あんたその目、まだ諦めてないね?気に入らないなぁ!」


 カイナが持つ杖に風の精霊が集まっていく。この魔力、魔術科主席のアシュリー以上かもしれない。おそらく【風の刃ウィンドスラッシュ】の魔術、私の【魔術障壁マジックバリア】では防ぎきれないだろう。


「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片、集いてはしれ!【葉の旋風ワールリーフ】!」


 私は自分に向けて【葉の旋風ワールリーフ】の魔術を発現させた。ちぎれた葉が、下草が舞い踊り私を包む。風を裂いてカイナの【風の刃ウィンドスラッシュ】が届いたようだが、同系統の魔術と無数の葉に減衰されて軍衣と皮膚を浅く切り裂くにとどまった。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」




 二度目の【身体強化フィジカルエンハンス】に体が悲鳴を上げる。もはや言葉を返す余裕もなく、ただ木々をかわして斜面を駆け下りた。

 背後からの【風の刃ウィンドスラッシュ】は木を盾にして防ぐ。横からの【光の矢ライトアロー】を細月刀セレーネの刀身で受け止める。


人族ヒューメルの劣等生のくせに!小賢こざかしい!」


 正面に回り込まれての【石礫ストーンブラスト】、これはかわせない。全身を叩く石の雨に構わず最速で距離を詰め、飛び込んでの刺突。カイナの頬から青い鮮血が散った。


「てめえこの女!あたしの顔に傷つけやがってぇ!!」


 私なんて全身傷だらけなんだけど、と思わなくもなかったが、言い返すための呼吸すら惜しい。高く跳躍して【根の束縛ルートバインド】をかわしたつもりだったが、伸びた下草に靴を絡め取られた。無様に地にったところに【風の刃ウィンドスラッシュ】、靴を犠牲にして身を投げ出す。




 続けざまの魔術をかわしたはいいが、もう一歩も動けない。仰向けに転がったまま息を吸い込み、吐き出すのが精一杯だ。

身体強化フィジカルエンハンス】の効果時間が終わると、激しい疲労だけが残った。ここまで力を使い果たしたのは、カラヤ村が襲われて食人鬼オーガーと戦ったとき以来かもしれない。


 普段は可愛らしく作られているはずの顔を醜くゆがめ、カイナが歩み寄ってくる。吐きかけられたつばを避けようにも、顔をそむける程度の力しか残されていない。


「手こずらせやがって、人族ヒューメルごときが」


 高く掲げられたカイナの杖に炎の精霊が集中する。こんな魔力の【火球ファイアーボール】をまともに食らえば、私の体など原型をとどめず消し炭になってしまうだろう。




 だが、それが放たれることはなかった。私の胴回りはあろうかという巨大な【光の矢ライトアロー】がカイナの鼻先をかすめ、かしの大木を震わせる。


「ちっ!こいつは!」


「遅いよ、ラミカ」


「ごめーん」


 私は顔だけを動かして術者を見た。超ぽっちゃり体型の天才魔術師は、体格の良い兵士三人にかつがれているにも関わらず何故か汗だくだ。助けてもらっておいて悪態をつくのは悪いけれど、先程から彼女の位置がなかなか近づかないのをもどかしく思っていたのだ。


「……カイナ、許さないから」


 カイナの足元に【風の刃ウィンドスラッシュ】を撃ち込んだプラたんが、杖を片手ににらみつける。私が見たこともないような顔だ、あまり感情を表さない彼女がこんな表情と物言いをするとは信じられない。


「おい、立てるか?」


「ごめん、無理……ひゃっ!?」


 ロット君は私の腰帯を掴むと、空箱のように肩に担ぎ上げた。彼が怪力なのか、私が軽すぎるのか。


 彼に担がれて顔を上げた時には、カイナとダークエルフは姿を消していた。認めるのはかんに障るが、引き際も鮮やかなものだ。




「大丈夫ー?怪我してない?」


「してるよ、思いっきり」


「……ユイちゃん、無理しすぎ」


「ごめん。反省してる」


 私とプラたん、ラミカの三人は、互いの武器に【位置特定ロケーション】の魔術を掛けてある。このような展開を想定していたわけではないが、頼もしい友達のおかげで命拾いしたようだ。


 どうやら助かった。そう思った途端、たくましい肩の上でくたりと力が抜けてしまった。

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