リーベ市防衛戦(十七)

「……ユイちゃん、早く来て。カチュアが来た」


「カチュアが!?」


 帝国軍と交戦中のプラたんから【風の声ウィンドボイス】が届いたとき、私は城内の予備兵力とともに待機していた。


 昨日の傷口はラミカの【治癒ヒール】ですっかり塞がっている。時間と魔力を十分についやせば病気や四肢の欠損さえ回復させる上級魔術だが、心身の疲労が回復するわけではない。


 だが、それよりも戦況とカチュアの様子が気になる。彼女は「何とかする」などと言っていたが、そんな器用な事ができる子ではないはずだ。


 城壁に続く階段を駆け上がり、【落下制御フォーリングコントロール】の魔術を使って城壁から身を躍らせ、着地と同時に駆け出す。妙に膠着こうちゃくしている戦場を縫ってプラたんの元に辿り着くと、彼女は無言で視線を送った。


「カチュア……?」


 黒髪黒目、引き締まった体に黒い細月刀セレーネ。私が見間違えるはずもない。しかしその生気の無さ、血塗ちまみれの姿はどうしたことか。味方の一兵も引き連れず、遠巻きにするエルトリア兵に構わずゆっくりと歩を進める。


「ユイちゃん……どこ?」


「カチュア、私はここだよ」




 私を見つけたカチュアは、くらい目のまま血濡れた頬を緩めて笑った。こんな不吉な表情ができる子だっただろうか、これではまるで亡霊レイエスだ。

 それに近くで見ると、黒い軍装を濡らすのは返り血ばかりではなさそうだった。矢傷、刀傷、いくつも深手を負っている。単身でここまで来ることができたのは実力ばかりでなく、エルトリア兵が彼女と私に配慮してくれたためだろう。


「……ユイちゃん、会えて良かった」


「わざわざ会いに来てくれたにしては、ずいぶん手荒だね」


「……無事で良かった。安心したよ」


「逃がしてくれたことは感謝してる。そっちは……」


「それじゃあ決着をつけようか」


 会話が噛み合わない。どうやら話し合いに来たのではなく私との決着をつけるため、ただそれだけのために重傷の身を引きずってここまで来たようだ。


 おそらく捕虜の私を逃がしたことで軍を追われたか、それ以上の罰が下されたか。事情はわからないが進退きわまった末、人生最後の相手として私を選んだのだろう。カチュアほどの剣士に選ばれるとは名誉な事かもしれない、でもそれ以上に、はっきり言って気に入らない。


 全てをあきらめたようなその目。何かを感じることを捨てたようなその顔。私が一度目の人生を終えた時もこんな表情をしていたのだろうか。

 あれから何があったかは知らないし、原因を作ったのは私なのかもしれないが、今こうして生きているのに。誰よりも辛い思いをしてこの生を積み重ねてきたのに。絶望して全て投げ出すつもりか。


 親友にそんな思いで人生を閉じてほしくないし、私だって親友殺しの後悔を背負いたくはない。だが今はどんな言葉をかけても彼女に届くことはないだろう。


「わかった。お相手するよ」




 数百の視線が注がれるも声を発する者はない、奇妙な静寂。


 無造作な初撃を受け止めると、黒と銀、色違いの細月刀セレーネが斜めに噛み合ってきしんだ。力任せに押し込まれ、体を引いたところに追撃の袈裟懸けさがけ。受け流したつもりが弾かれ、次の動作が遅れる。後ろに跳んで横薙ぎをかわしたが、剣先が革鎧を掠めていった。


 すぐに間合いを詰めての連撃。強く激しくはあるが、力が入りすぎて鋭さに欠けている。今度はすべて受け止め、最後の刺突にも空を突かせた。


 最初の仕掛けといい今の連撃といい、カチュアらしくもない。彼女は本来、相手の力を利用して緻密な組み立てで優勢を築く型の剣士だ。こんな力任せの剣を振るう人では決してない。


 続く遠間からの打ち下ろし。斜め下からの斬り上げ。雑だ、こんなものが今の私に届くわけがない。私が憧れた流水のような体捌たいさばきは、私が見惚みとれた剣の舞は、どこに消えてしまったのか。力強いが何の工夫もない斬撃を、敢えて正面から受け止めた。


「カチュア!!」


 目の前で大声を上げられて驚いたのだろう、ようやく目が合った。これまでの彼女は私を見ているようでいて、何も目に入っていなかったのだから。


「そんなんじゃないでしょ、あなたの剣は!」


 力を込めて押し返すと、カチュアは後ろに数歩よろめいた。疲労も負傷もあろうが、それほど無駄な力が入って姿勢を崩していたということだ。


「全部出しなよ。そのために来たんでしょう?」


「……そうだね」


 かつての親友が大きく息を吐き出すと、強張こわばっていた体から力が抜けたようだ。黒い瞳に光がともる。




 そう、そうこなくては。宿敵が希望を失ったまま勝ったところで意味はない、あの強さを取り戻させた上で負けを認めさせてやる。絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る