リーベ市防衛戦(十八)

「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」


「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素を贄とし仮初かりそめの血肉となれ!【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】!」




 一瞬の間は互いに力をめるため。私とカチュアは同時に地を蹴った。


「はああっ!」


「ええいっ!」


 小柄な女性同士が細身の剣を打ち交わしたというのに、重く激しい金属音が響いた。

 だが生まれた衝撃に比べて、私達の体重は非常に軽い。互いに弾かれて大きく姿勢を崩したが、素の膂力りょりょくではカチュアが勝り、体重も私の方が少し軽い。先に立て直したカチュアが斬り込む、それを剣を立てて受け止める。追撃を予測して飛び離れ、空を斬らせる。


 卒業記念試合の決勝戦と全く同じ。それを思い出したか、カチュアの顔に笑みが浮かんだ。私も同じような顔をしているのだろう、互いに可笑おかしくなってしまった。


「ありがとう、ユイちゃん。親友だと思ってるよ!」


「私だって。だからカチュア、必ずあなたを止めてみせる!」


 再び絡み合った色違いの細月刀セレーネは、短く繊細な弧を描いて火花を散らした。


 打ち下ろしと見せかけての刺突をかわし、そこから変化しての横薙ぎを受け止める。鍔元つばもとで受け止めたと思えば剣を絡め取られそうになり、慌てて外したところに斜め下からの斬撃。剣を引き戻す間もなく、体をひねってようやく空を斬らせる。


 思い出したように大きく息を吐き出す。強い、呼吸する間を与えてくれないほどに。今まで出会った誰よりも、どんな妖魔や魔獣よりも。私がかつて憧れた、澄んだ水の流れを思わせる剣の舞がようやく戻ってきた。




 一つ間違えば命を絶たれる斬撃を受け止めながら、私は誇らしい気持ちになっていた。自慢の親友がこれほどまでに強く美しいことに。この剣舞の相手が私であることに。そして彼女が私を選んでくれたことに。


「ずいぶん楽しそうじゃない、カチュア!」


「楽しいね!でももうすぐ終わりだよ」


 もうすぐ終わりとは、どちらの意味だろうか。


 私達の因縁が、という意味であれば正しくない。私はこの戦いに負けて死ぬ気も、親友をこの手に掛ける気も毛頭ないのだから。


 この勝負が、という意味であれば正しい。【身体強化フィジカルエンハンス】の効果時間は百秒程度、それも全能力を強化してしまった私は、効果が切れればまともに動けなくなるから。


 カチュアには【根の束縛ルートバインド】も、【葉の旋風ワールリーフ】も通用しなかった。【落下制御フォーリングコントロール】や【色彩球カラーボール】、【剣の舞セイバーダンス】を使った奇襲も見せてしまった。今さら魔術を使った目くらましなど通用しないだろう。


 だからひたすら打ち込んだ。私が唯一彼女に勝っている速度にまかせて、飛び込んでの横薙ぎ、袈裟懸けさがけからの連撃、陽動フェイントから変化しての切上げ。だがその全てが完璧な防御に阻まれ、体に届かない。




 もしかするとこの人生で最も充実した時間だったかもしれないが、それも長くは続かなかった。時間にして百秒、剣を打ち交わしたのは数十合。体勢を切り返そうと踏みしめた足から急に力が抜け、姿勢を崩して片膝をついてしまった。


 身体強化系の最上位【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】は上級魔術だけあって、魔力体力の消耗は尋常ではない。連日の激戦の疲労も重なって、もう剣を杖にして立ち上がるだけで精一杯だ。


 容赦のない打ち下ろし。剣を掲げて受け流したが、膝が崩れそうになった。

 鋭い横薙ぎ。これも剣を立てて受け止めたが、それだけで数歩よろめいた。


 優勢のはずのカチュアが悲痛な表情を浮かべ、上段に振りかぶった。かわそうにも膝が震えている、受け止めようにも剣を握る手が痺れている。次はもう防げそうにない。


「ごめん、私もすぐに行くから……」


 そうつぶやいて手の内に力を込めるカチュア、だが私の頭に落ちるはずの黒い細月刀セレーネが動かない。その剣先が赤、青、黄色、数個の色彩豊かな球体に挟まれている。


「これは……【色彩球カラーボール】!?」


「どこに行くって!?カチュア!」


 僅かに生まれた隙。学生時代からどうしても届かなかった私の一撃が、とうとうカチュアの顔を捕らえた。




 ぱちん、と乾いた音が響く。左の掌がしびれ、カチュアの右頬に紅葉もみじ形の跡が残された。




「私の勝ち」


「な……」


「私の勝ち!」


「な、なにそれ。ふざけないで!」


「ふざけてないよ。もう終わりにしよう」


「ユイちゃんなら終わらせてくれると思って来たの!私はもう……」


 知っている。この子の辛さも、私にしかそれを受け止められないことも。だから続く言葉を奪い取った。


「『死にたい』って言葉はね、カチュア。『死にたくない』っていう意味なんだよ。だからあなたは私のところに来たの」


「私なんて弱くて、甘ったれてて、身分がないと何もできなくて、もう居場所もなくて!生きてたって仕方ないよ!」


 私にはわかる、彼女が本当に求めているものが。自ら命を断つところまで追い詰められた人の気持ちが。あの時どんな言葉を掛けてほしかったのかが。なにしろ一度、そういう思いをしているから。


「辛かったね、でももう大丈夫。この前はカチュアが助けてくれたから、今度は私が助ける番だよ」




 ぺたんと二人ともその場に座り込んでしまったのは疲労ではなく、安堵あんどのためだったと思う。色違いの細月刀セレーネは激しくその刀身を削り合いながらも、再びそれぞれの鞘に納められた。


 生涯の親友にして宿敵、カチュアとの対戦成績 一勝一敗と二引分け。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る