中間試験(二)

 ジュノン軍学校の屋内競技場。たびたび大きな剣術試合が行われるこの会場は、同時に四試合が行われるほどの広さと十分な数の採光窓がある。ただし今日は外が暴風雨のため昼間でも薄暗く、壁の各所に埋め込まれた水晶球が放つ光が頼りだ。魔術を応用したこの動力供給機構が十分に機能しているおかげで試合には支障がないだろう。


 二階の観覧席から見下ろすと、ちょうどロット君が入場してきたところだった。エルトリア正規兵の軍服を模した濃緑色の制服が長身に良く似合っているけれど、どこか動きがぎこちないし表情も硬い。緊張しているのだろうか。


「相手の人も一年生だよね?ずいぶん大きいね」

「レイバー君っていうの。体格なら学校で一番じゃないかな」


 金髪を四角く刈り上げたレイバー君は身長こそロット君と変わらないが、体の幅と厚みは二回りほど上回る。手にした両手剣も長く広く分厚く、体重を乗せて振り下ろせば丸太さえ真っ二つにしてしまいそうだ。


「強いよね?やっぱり」

「うん。見た目通り・・・・・・ううん、見た目以上に」


 十五歳にして既に『達人エスペルト』と名高いカチュアがそう言うくらいだ、相当の難敵に違いない・・・・・・いや、素人しろうと同然の私にも伝わってくるのだ。屈強な体だけでなくその立ち居振る舞いからも、心身ともに充実した優れた戦士であることが。


「ねえ、カチュアはどっちが・・・・・・」


 競技場から目を離した途端にいきなり視界が白く輝き、地を震わせるような雷鳴がとどろいた。思わず耳を塞いで座り込もうとしたが、甲高い金属音が響いて視線を戻す。階下ではもう試合が始まってしまっていたようだ。


 落雷の影響か水晶球の光が明滅し、広すぎる競技場に薄明るさと薄暗さが繰り返し訪れる。審判を務める生徒も落ち着かなげに周りを見渡したが試合は中断されず、それを見下ろす客席のざわめきが止まらない。


 どこか不穏さをはらんだまま甲高い金属音が鳴り響く、その中でもロット君とレイバー君が打ち交わす刃鳴りの音は他を圧していた。体格と腕力に優れた二人の斬撃は重く激しく、もし受け損なえば手足の一本では済まないかもしれない。


 私は不吉な予感に胸を掴まれてしまった。また二人揃ってあの家に帰れるだろうか、こんな事なら早くロット君に謝っておけばよかっただろうか。自分の心臓の音がうるさくて、思わず両手で胸のあたりを押さえてしまう。


「・・・・・・いい勝負だけど、レイバー君かな」


 先程の問いが聞こえていたのか、カチュアがつぶやいた。

 私もこんな相手にロット君が勝てるとは思えない。これまで三勝一敗のロット君はこれが最終戦らしいが、勝敗はともかく無事に帰って来てほしい。その時は彼に謝ろうと心に決めた。


 さらに強くなる雨音の中、姿勢を崩したロット君の頭に分厚い刃が落ちてくる。鮮血と脳漿のうしょうをぶちまけて倒れる彼を想像して目をつぶってしまったが、それは私の頭の中だけでの出来事だった。本物のロット君は姿勢を立て直して反撃の横薙ぎを見舞っている。


 再び上段から打ち下ろされる重い斬撃、今度は目をそらしながらも目の端で見ることができた。

 ロット君は相手の剣が振り下ろされるのに合わせて踏み込み、斬撃を刀身に沿って滑らせることで僅かに軌道を変えていた。『女性のための剣術教本』にも載っていた『り上げ』という技術だ。

 正直なところ私は驚いてしまった。下手をすれば小鬼ゴブリンにも後れをとっていたロット君がこの半年で正確な技術を身に着け、こんな相手と戦えるようになっているなんて。


「そういえばカチュア、さっき『いい勝負』って言った?」

「言ったよ。どっちが勝ってもおかしくないもの」

「ロット君ってそんなに強くなってるの?」

「うん。最近急に伸びてきた感じかな」

「そっか・・・・・・」


 今度は現実のロット君から目を離さずに見つめる。払い上げ、巻き落とし、打ち落とし、三段技、いずれも私が今まさにカチュアから学んでいる技を駆使して、体格と腕力に勝る相手の豪剣をさばいては反撃の一閃を打ち込んでいる。

 そうか。彼はもうあの頃の、小鬼ゴブリンに背後をとられ食人鬼オーガーに撥ね飛ばされていた、背が高いだけの未熟な若者ではないのだ。



『だいたいロット君、カチュアに勝つ気はある?』

『ロット君、あなたはカチュアに一生勝てない。剣の達人エスペルトになんてなれない』



 私はロット君にひどいことを言ってしまったというのに、彼は腐らずたゆまず地道な努力を重ねていたのだ。カチュアを大切に思うあまり視野が狭くなっていたのは私の方だった。


 いつしか雷雨が通り過ぎて晴れ間が差したのか、急に場内が明るくなった。向かい合う二人が肩で息をしている、もう両者ともに余力が無いのだろう。私は思わず席から身を乗り出していた。


「ロット君!がんばって!!!」


 おう、と彼は言ったかどうか。激しく高い金属音が響いたが、剛力の若者二人が渾身こんしんの力を込めた刃鳴りにしてはやや小さいような気がした。刃が噛み合う瞬間、ロット君が僅かに手の内を緩めて相手の勢いを流したようだ。


 これは私がカラヤ村で食人鬼オーガーを相手に見せた、『呼吸を外す』技術。相手の剣が衝突の相手を失って宙に流れ、がら空きの胴の横をロット君の剣が滑り抜けた。

 湧き上がる歓声と拍手。敗者のように膝を地に着くロット君にレイバー君が手を差し伸べ立ち上がらせると、もう一度拍手が起きた。




「ロット君!」


 観覧席に上ってきたロット君に飛びついた。分厚くて硬い胸板、それに見合った肩幅、村にいた頃より少したくましくなったような気がする。


「ごめんね、私、あんなこと言っちゃって。私の知らないところでこんなに強くなってたんだね」

「おう、少しは見直したか?」

「うん!ロット君なら剣の達人エスペルトにだって、何にだってなれるよ!」


 下からロット君の顔を見上げて二言三言と言葉を交わすと、優しく頭を叩かれた。これは許してくれたと思って良いのだろうか。


「・・・・・・えっと、ずいぶん仲いいんだね?」


 カチュアが不自然に目をそらしてつぶやいたので、慌てて体を離した。そういえばまだロット君に抱きついたままだった。

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