中間試験(一)

「ううう・・・・・・参ったなぁ」


 私はうめくような声を上げて机に伏してしまった。先程受け取った成績表には次のように書かれている。


 一般教養 十一位

 魔術総論 十二位

 基礎魔術 十一位

 応用魔術 十二位

 総合成績 十二位/十二人中


 いくら何でも二科目で最下位、残り二科目でも下から二番目とはひどすぎる。良い友達ができて毎日が楽しく充実しているけれど、成績は全くともなっていない。


 古文字アルートの理解が必要な魔術総論や先天的な才能に大きく左右される応用魔術はともかく、一般教養くらいはもう少し評価されているかと思ったのに。これではこころよく送り出してくれた両親に顔向けができないというものだ。


「・・・・・・大丈夫。ユイちゃん頑張ってるもの」

「ありがとう、プラたん。また勉強教えてね」

「おー。がんばれよー」

「なんだかラミカに言われると腹立つなあ」


 真面目で几帳面きちょうめんなプラたんは一般教養も総論も一、二を争うほど優秀だし、森で暮らすハーフエルフだけあって大地や水の精霊を感知・操作することにけている。ラミカは教室でも部屋でも寝てばかりのくせに、桁違けたちがいの魔力と天性の感覚は他の生徒から頭二つ抜け出している。


 私はといえば独学で学んだ共通語や古文字アルートの文法に誤りが多く、授業を理解するさまたげになってしまっている。全ての教科において下位に沈んでいるのはそのためだ・・・・・・というのは言い訳だろうか。それらは図書室や自室での自習で次第に修正されつつあるけれど、まだ入学当初の遅れを取り戻せていない。


「ねー。ユイちゃんは夏休みどうするの?」

「学校に残るよ。家は遠いし、こんな成績じゃ少しでも勉強しないと」


 ジュノン軍学校の課程は前後期に分かれており、これから私達は十日間の夏休みに入る。この十日という日数が実に中途半端で、比較的遠い上に交通の便が悪い田舎村から来ている私やロット君は家までの往復に八日を要してしまうし、異国からの留学生であるカチュアなどは帰省するという選択肢そのものが無い。結果、半分ほどの生徒が寮に残ることになるらしい。


「ラミカは実家に帰るの?」

「帰るよー。ここから馬車で二日もかかんないし」

「プラたんは?」

「・・・・・・ここにいる。けど、たくさんお仕事あるから遊べないかも」

「あ、そうだったね。ごめん、私もお仕事休んじゃって」

「・・・・・・いいの。ユイちゃんは合宿がんばって」


 そう。私はカチュアと共に、夏休みの十日間を「夏合宿」と銘打めいうって心身を鍛え上げるつもりでいる。でも合宿と勉強に集中するため、プラたんと一緒に働いている動力供給のお仕事はお休みを頂いてしまった。寮にいる生徒が少ないため普段より仕事は楽なはずだが、それでもプラたん一人に負担がかかってしまうのは申し訳なく思う。


「失礼します。ユイちゃん、いるかな」

「あ、カチュア。教室まで来るなんてどうしたの?」

「もうすぐロット君の試合が始まるから呼びに来たの」

「わかった。今行くね」


 わざわざ魔術科の教室まで迎えに来てくれたカチュアに続いて廊下を歩く。

 渡り廊下のガラス窓を雨風が叩く。この日は朝からの雨が一向におさまらず、屋外で予定されていた剣術科の中間試験試合が屋内競技場で行われているそうだ。


「ずいぶん雨が強くなってきたね」

「うん。ねえユイちゃん、大丈夫?その・・・・・・ロット君のこと」

「大丈夫、かな。もちろん応援するつもりだよ」

「そう。わかった」


 私とロット君はこの数十日、ほとんど言葉を交わしていない。カチュアに対する思いや言葉の行き違いから気まずくなり、しばらく彼を避けてしまっていたから。


 知り合って日が浅いのに公式には兄妹、という事情もそれに拍車はくしゃをかけている。他人のように突き放してしまうこともできず、かと言って何事もなかったように振る舞うこともできない。今さら何をどう話せば良いのか、どう謝れば良いのかわからない。


 我ながら複雑な思いを抱えつつも、ともかく私は薄暗い渡り廊下を通って屋内競技場に向かった。

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