十五歳の学園生活(六)

 心地良い初夏の陽射しが差し込む午後の教室。隣の席でラミカが安らかな寝息を立て、脇腹をつついても頬をつねっても起きる気配がない。


 ラミカだけではない。魔術科十二名の生徒のうち半数が居眠りをしているし、残った半数も退屈そうに眠気をこらえている。教える側のヒスタリア先生もそれをとがめようとしない。


 どうやらこの「基礎魔術」の授業は、他の生徒にとって面白みに欠けるようだ。私にとってはとても興味をそそる内容なのだけれど。


「・・・・・・というわけで、明日は【色彩球カラーボール】の魔術を使用して空間指定の技術を学びます。皆さん練習しておいてくださいね」


 授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、教室の各所で体を伸ばす気配が伝わってきた。それでも起きないラミカの両耳をプラたんと示し合わせて左右から引っ張ると、うーんとうめいてようやく顔を上げた。その口元にべっとりとよだれの跡が残っている。


「ラミカ、授業聞いてた?」

「聞いてたよー」

「何の授業だったか言ってみて」

「【色彩球カラーボール】の魔術とその用途」

「もう。腹立つなあ、寝てたくせに」


 この子にはこういう所がある。要領が良いせいか適度に、いやかなり手を抜いても要点だけは押さえていたりする。授業の内容を理解した上で、自分には必要がないと判断して熟睡しているのだ。


「だってー。【色彩球カラーボール】なんてみんな使えるでしょ?」


 ラミカの言う事は正しい。【色彩球カラーボール】は空間の一点を指定して、任意の色をしたこぶし大の球体を作り出すだけ。魔術を学ぶ上で基礎の基礎であり、独学の私も最初の頃に使えるようになった魔術だ。

 一見いろいろな用途に使えそうだが、作り出した球体は中空でもろく、強い衝撃を与えるか百秒が経過すると消滅してしまう、座標指定の練習くらいにしか使えない代物しろものだ。


「そうだけど、もっと何かに使えないのかな。目印にするとか足場にするとか」

「・・・・・・飾りつけ、する?」

「そう、そういうの」


 プラたんが短杖スタッフを一振りして、目の前に赤、黄、青、緑、紫、五色の【色彩球カラーボール】を作り出した。退屈な午後の教室が楽し気な装飾でいろどられる。ただしこれらは百秒後には残らず消えてしまうはかない運命にある。


「足場にするにはちょっともろいのかなあ」


 目の前の赤い【色彩球カラーボール】を掴む。ちょっと力を入れて押しても引いても微動だにしないが、思い切り力を込めて握ると音もなく砕け散った。その欠片さえも宙で消滅してしまい、後には何も残らない。


「あ、ストレス解消にいいかもー」


 ラミカが短杖スタッフを振りかざすと、私達の周囲に無数の【色彩球カラーボール】が出現した。ラミカが拳を固めて二つ、三つと叩き壊すと、プラたんも目を輝かせて手足を振り回し始めた。


「ちょっと、危ないよー?」


 私も学校から支給された短杖スタッフを取り出し、目の前に赤い【色彩球カラーボール】を出現させてみた。

 見習い程度の魔術師でも瞬時に、無詠唱で発現できるほど簡単な上に魔力の消費はほとんど無い。魔力に劣る私にとって、このような基礎魔術にこそ生き残る道があるのではないだろうか・・・・・・


 そのような考えを巡らせようとした瞬間、せっかくの【色彩球カラーボール】はプラたんの拳をまともに受けて粉砕された。

 もちろん抗議しようと思ったものだが、普段はおとなしいハーフエルフの誇らしげな顔を見て何も言えなくなってしまった。

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