死霊達の主(一)

 地下水路に棲みついた妖魔の討伐、命なき貴婦人にまつわる事情調査、このところ巡見士ルティアの枠に収まらない仕事が続いたものだが、今回はその極めつけと言って良い。なにしろ死霊が現れる町に出向き、場合によってはその根拠地たる古城を調査せよというのだから。


 ただ今回の件は、私も以前から手を付けたいと思っていた。死霊が住まう古城があるのはフィンという町で、私と多少縁のある一代騎士エクエスルッツさんが数年前まで領主を務めていたという。

 人格にも武勇にも実務能力にも優れたあの人が騎士資格を剥奪されるに至った理由を知りたいが、簡単に聞いて良い事情とも思えず話題から遠ざけていたのだ。




「ルッツの件は私も不自然に思っていたんだ。引き受けてもらえて有難い」


 そう言っていたのはエルトリア国王ベルナート陛下。巡見士ルティアは国王直属の情報機関であるため話をする機会も多いのだが、直々に任務を与えられたのはこれが初めてだ。


 国王としては気さくな陛下は執務室にて、生まれたばかりの息子を肩に乗せながら関連資料を手渡してくれたものだ。資料に視線を落とす私に言葉を続けながら顔をしかめたのは機嫌が悪いためではなく、おそらく髪の毛を強く引っ張られたからだろう。


「領内の古城から多数の死霊が町に押し寄せたにも関わらず、騎士ルッツは守るべきフィンの町を見捨てて逃亡。その罪で騎士資格を剥奪された、とあるだろう」


「あのルッツさんが?それは事実でしょうか」


「私もそうは思わん。だがそう報告を受けた上に、本人から一言の弁解も無いとあっては騎士資格を剥奪する以外になかった。できれば名誉を回復させてやりたい、頼むぞ」




 一年ほど前、ルッツさんは私と同じ時期に公職試験に合格して一代騎士エクエスとなった。


一代騎士エクエス』とは王国騎士と同格だが世襲は許されない、本人限りの資格。ただ当代限りとはいえ、一度資格を剥奪された騎士が復職するというのは異例中の異例だ。


 おそらくは陛下もルッツさんの能力と忠誠心を高く評価しているのだろう。先ほど交わした言葉の端々はしばしからもそれが覗いている。やはりそのような人物が民を見捨てるなど考えられない、何か深い事情があるのではないだろうか……




 西日が差す王都のはずれ。家々から炊煙が上がり、狭い路地を縫うように子供達が走り回り、気の早い店主が店じまいを始める。目的の家は赤い屋根の小さな一軒家だったが、あいにくと不在を示す板が掛かっていた。


 さて困ったな。日を改めようか、少し待たせてもらおうか。だが幸いなことに、迷っているうちに住人が帰ってきたようだ。


「おや?ユイ殿か。このような町外れまで足を運ばれるとは、いかがなされた」


「ユイさん!こんにちは!」


「ルッツさん、カール君、こんにちは。任務で少し王都を離れますので、ご挨拶に参りました」


 ルッツさんは相変わらず中背ながら均整の取れた体、清潔だがどこか着古したような普段着。息子さんのカール君は確か六歳、快活で礼儀正しく、あのエロガk……シエロ君よりもずっと子供らしい子供だ。二人が持つ手提げ袋から野菜が覗いているところを見ると、おそらく買い物から帰ったところなのだろう。


「ユイさん、また魔術を見せてもらえませんか?」


「こら、魔術とは人前で簡単に見せるものではないと言ったろう」


「いえ、構いませんよ。前に見せたのは【色彩球カラーボール】だったかな?」


「はい!」


「よーし、よく見ててね。水の精霊、我はなんじを解き放つ!【水飛沫スプラッシュ】!」


 腰の水袋から一筋の水流が夕暮れの空に駆け上がり、弧を描いて再び水袋へ。微かに衣服を濡らしてしまったのは魔術師としての未熟さゆえだが、素直に目を輝かせて歓声を上げるカール君を見ているとつい得意になってしまう。


「実はこいつの母親は魔術師でね、魔術に興味があるのかもしれん。もしかすると才能があるのかもしれないし、そうでなくても色々なものに興味を示すのは良いことだと思っているよ」


「そうでしたか。きっと優秀な魔術師になりますよ」


「それは困る、私はこいつに立派な騎士になってほしいのだからな」


「では父上、魔術と剣術の両方を学んで、ユイさんみたいな魔術剣士ソルセエストになります!」




 何気ない父子のやりとりを微笑ましく思うけれど、私はここに世間話をしに来たのではない。以前ルッツさんが領主を務めていたフィンの町を調査することになった、死霊が棲み付くという古城や現在の町にについて聞きたいと言ったのだが、当人はただ首を横に振っただけ。


「私はあの町に対して無心ではいられない、ゆえにどうしても先入観を与えてしまうことになるだろう。これから調査を開始するのであれば、全てご自身の目と耳で見聞きして頂きたい。お役に立てず申し訳ない」


 あまりにも誠実すぎる言葉。この人はどこまでも誠実で清廉で謹厳で、決して人をおとしめるということが無い。ただこの一件に関しては、もしかするとそれが足枷あしかせになっているのかもしれない。




 私は夕陽に照らされて手を振る親子を振り返りつつ、公職試験の日を思い出していた。


 あの日剣を交えたルッツさんからは悲壮な覚悟を感じた。試合後に剣を掲げたのは私に対する儀礼だけでなく、まるで亡き妻に語りかけているかのようだった。彼が胸の奥にしまっているものは一体何なのだろう。

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