旅路の果て
「僕のお母さんはすごい人です。王様の命令で国じゅうを旅して、悪い人に法律を守らせて、困っている人を助けるお仕事をしていました。剣術と魔術を使って妖魔や魔獣や亡霊と戦って、お友達の帝国の将軍を助けて戦争を終わらせました。今では毎日家で畑仕事をしてお料理を作っているけれど、実は剣術師範をしているお父さんよりも強いです。僕は……」
「うっそだぁー!」
「またリオが作り話してやがる!」
「嘘じゃないもん!証拠だってあるんだからな!」
「はいはい、静かに。次はアクアちゃんね」
「はい!私のお母さんは……」
ようやくお掃除が一段落して軽く息を吐き出す。末っ子のリオは基本的に良い子だけれど、見えないところにおもちゃを隠して片付けを済ませたつもりになっているのが玉に
もうすぐロット君が帰って来る、それまでに彼の好きなじゃがいもと豚肉の煮物を温め直して、井戸水で冷やしておいた
「これが証拠だよ。すげえだろ」
「すげえ!かっこいい!」
「でもよ、これが証拠になんのかよ?置いてあるだけだろ」
「だいたいこれ本物かよ?飾り物じゃねえの?」
「ちょっと抜いてみようぜ」
「駄目だって!怒られるぞ!」
奥の部屋からそのような話し声が聞こえてきた。いつの間にリオが帰って来ていたのだろう、それも友達と一緒に。
私としたことが、すっかり気配に鈍感になってしまったのが
「こら!その剣に触っちゃいけないって言ってるでしょう!」
「うわあああ!本物だ!!」
「ごめんなさーい!」
白髪、
だがあの時思い描いたように、『この世界の隅々まで見届けた』とは到底言えない。大樹海の向こう側にも、万年雪の霊峰を越えた先にも、海の向こうにもまだ足を運んでいないのだから。
二度、三度と軽く剣を舞わせ、銀色の鞘に納める。ぱちりと小気味良い音が響く。
さすがに年齢的な衰えは隠せないが、人知れず修練は積んでいる。アカイア駐留軍の剣術師範を務めているロット君にだって簡単には負けないつもりだ。
生家の暗く湿った部屋で身を縮めていたあの頃から、私は今度こそ後悔しないよう努力を重ねてきた。だから幸せになって良いはずだ、そう思っていた。その通り懸命に、後悔の無いよう必死に生きてきた私が選んだ幸せとは。
「おーい、いないのか?」
「あ、おかえりなさい!」
小さな村の小さな家で、愛する人と一緒に暮らし、命を次代に繋げるというありきたりのものだった。
温かい食事、安らげる家、自分を愛してくれる人、それを当たり前だと思えることが幸せで、貴重で、きっと私が欲しかったものなのだと思う。
壁に
子育てもあと数年、末っ子のリオが十五歳になればまた自分の時間が持てるようになるだろう。軍学校への道中に出会った旅好きの老夫婦のように、ロット君と二人で世界の
未だに実家暮らしを続けている自称天才魔術師を誘ってみるのも良い。ハーフエルフの先生だって、子育てを終えて退屈している侯爵夫人だって付き合ってくれるかもしれない。さすがに王都で筆頭将軍を務めているカミーユ君は難しいかもしれないけれど。
「ちょっと、なんでアンタが来てるのよ!」
「俺の家だぞ、当たり前だろうが!」
そうだ、この子を忘れてはいけない。『幸運の魔女』エリューゼ。
「お帰りなさいロット君、いらっしゃいエリューゼ。ちょっと二人に話があるんだけど……」
エプロンを外す。
私はまだ、この世界の全てを見届けてはいない。
◆
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
たくさんの閲覧数、ハート、星、コメント、ギフトなどに支えられてようやくこの日を迎えることができました。1ページでも読んでくださった全ての方に感謝申し上げます。
私はこの作品を心から愛しておりますが、色々うまくいかなかった部分もあります。充実感と同じくらいの反省も後悔も残りますが、それら何もかも全部抱えて次に進みたいと思います。
最後に自作の宣伝です。
連載中の『皇国魔女航空戦隊』
https://kakuyomu.jp/works/16818093083735715589
完結済みの『凡才少女は勇者の夢を見るか』
https://kakuyomu.jp/works/16817330666314616592
『小さな吸血鬼さんじゅうにさい』
https://kakuyomu.jp/my/works/16817330662276668312
を公開しております。興味がありましたら是非こちらもご覧ください。
銀色の旅程~転生先は幸薄い女の子~ 田舎師 @wasapi
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