王都への道(一)

 一度明け渡したリーベ城塞は、一夜にしてエルトリア軍の手に戻った。


 ハバキア帝国軍はいまだ多くの兵を残してはいるものの、主将アリフレートを討たれ、武名高いユーロ侯爵軍の将カチュアを捕らわれ、もはや城塞を攻略する力を失ったと思われる。




「さて、我が軍の今後の方針を説明するよ」


 宿屋を借り上げた臨時司令部。これらの戦果はすべて司令官カミーユ君の頭脳から生み出されたものだが、彼はそれを誇るでもなく淡々と事実と方針のみを述べていく。


「ガルバラン将軍は北の街道を驚異的な速度で進軍しつつある。前にも言ったけれど、ここでいくら勝っても王都が陥落してしまえば意味がない。我々は兵の大半をリーベに残し、機動力のある精鋭のみで王都の救援に向かう。数は三百ほどに絞ろうと思う」


 五千を下らないと言われる帝国軍に対して三百とは、あまりに少なくはないか。その意見が出る前に司令官は自分で答えてしまった。


「三百名という数は少ない。でも兵が増えれば増えるほど行軍速度が落ちるし、落伍者らくごしゃも出る。三百の精鋭を最速で行動させて僕が百名程度の支援部隊を率いて後ろから支える、これが限界だ。それに帝国軍は精強で数も多いとはいえ、決して万全じゃない。そのあたりは帝都から戻った巡見士ルティアミハエルさんから説明してもらう」


「帝国内には現皇帝に反対する勢力が多数残っています。併合されたばかりの都市国家群、旧皇帝派の諸侯などです。国民や兵の多くも、長く友好関係にあったエルトリアと戦端を開いたことを良く思っていません。極端なことを言ってしまえば、みな皇帝の武力と苛烈かれつさを恐れているだけでしょう」




 そこで、と司令官は立ち上がり、壁に貼られた地図を示しつつ指示を下した。


「ミハエルさんには単独で先行して、帝国軍が向かう先々の町で噂を流してもらう。帝国内の反対派が蜂起ほうきした、旧皇帝が救出された、旧皇帝派と新皇帝派に分かれて内乱が起きる、というたぐいの噂だ。帝国軍にこれを信じてもらう必要は無い、僅かでも迷いが出ればそれでいい」


「承知しましたよ、司令官」


「ブラト太守にはリーベ城塞の守備をお願いします。信頼できる副将をつけますので、軍事は任せてください」


「うむ」


「精鋭三百名の指揮はルッツ隊長にお願いしたい。急ぎ人選と編成を進めてください、明日の朝には進発します」


「了解した」


「支援部隊は僕が担当する。本隊を追尾して食料や物資、医療体制を提供するけれど、場合によっては切り離すこともあるだろう。伝令兵を多く用意して連絡を密にするつもりだ。それからカチュア」


 居心地悪そうに黙っていたカチュアに視線が集まり、黒髪の捕虜はさらに表情を硬くした。


「帯剣を許可する。この戦いが終わればエルトリア王国とハバキア帝国は再び友好関係に戻るはずだ、そのために力を貸してほしい」


「……」


「責任は僕が取る。僕の言葉がいつわりだと思ったら、その剣でちょんと首をねればいいのさ。僕の弱さはよく知っているだろう」


「……わかりました」


 捕虜は一度目をつむると、司令官から愛用の黒い細月刀セレーネを受け取った。


「意見はないかな?じゃあ解散だ。明朝には進発するよ」




 エルトリア王国歴二二九年一八〇日、快晴。


 西に向かうはリーベ駐留軍から選抜された精鋭三〇〇名、ロット君を含む北部方面軍六〇名、そして魔術師は私とプラたんの二名。後方から一〇〇名の支援部隊とともに総司令官カミーユ君が続く。


「まあ、ラミカは留守番だよね」


「……ラミカ、走れないもの」


「仕方ないよね。行っといでー」


 リーベ城塞に残ることになったラミカが城門まで見送ってくれた。彼女ほど鈍重でなくとも、普段から体を使うことの少ない魔術師が精鋭部隊と行軍を共にするのは難しい。魔術剣士ソルセエストの私とハーフエルフのプラたんの方が例外だ。


「私達がいなくてもちゃんと朝起きるんだよ?」


「……お菓子、食べ過ぎないで」


「わかってるよー。二人とも、私のこと何だと思ってるのさー」


「天然ボケのアホの子」


「……超ぽっちゃり女」


「ちょっとー?」


 黙って見ていたカチュアが声を立てずに笑いだした。そう、この子はこういう笑い方をするのだった。色々あったけれど、少しずつ生きる気力を取り戻しつつあるのかもしれない。


「よし。じゃあ行くよ、またみんなで会おう!」


 軍学校の同期生で四つの拳を合わせる。帝国との戦争が起きてしまったのは不幸なことだけれど、この三人と再会できたのはこの上ない幸福だった。




 雲一つない空の下、私達はリーベ城塞を後にした。

 次に顔を合わせたときには、みんな昔のように笑えるはずだと信じて。

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