王都への道(二)

「参ったね、これは」


 偵察隊からの報告を受け取った司令官カミーユ君が、珍しく眉をひそめた。


「どうしたの?」


「帝国軍の進軍速度が落ちない」




 リーベ城塞をった私達エルトリア軍の別動隊は、王都フルートに直接向かうことはせず、間道を抜けてハバキア帝国ガルバラン将軍の軍を追尾する形で進んでいる。


 これについて司令官は、「王都の救援に向かうとは言ったけど、まっすぐ王都に向かうとは言ってないよ」などと意地悪な返答をしたものだ。情報の漏洩ろうえいを恐れたためか、それとも単に相手の反応を面白がっているのか。おそらく両方だろう。


「後方で撹乱したのに意味がなかった?」


「そんなはずはない。離脱者は確かに出ているし、五千もの大兵力が補給を断たれて動けるはずがないんだ」


 侵攻する帝国軍は五千余り。これに対してエルトリア側は、王都を眼下に望むザハール峠に最終防衛線を張っている。王都には防衛のための設備が存在しないため、そこを抜かれてしまえば苦しい戦いになるだろう。


 ゆえに私達別動隊が後方で撹乱して、少しでも帝国軍の速度を落とし戦力をぐ必要がある。先々の町で帝国内の内紛に関する噂を流してもいるし、昨日など帝国軍本隊から大きく遅れた輸送隊を壊滅させている。これで進軍が大きく遅れるか本国に引き返す可能性もあると見ていたのだが、帝国将軍ガルバランはいささかも速度を緩めていないという。


「どうもこれは見誤みあやまったかな。昨日襲った輸送隊は捨て駒だったかもしれない」


「そんな事ってある?敵中で輸送隊を見捨てるなんて」


「持てるだけの食料を持って、それが尽きるまでに王都をとしてしまえばいいと考えたかな。僕としたことが魔人族ウェネフィクス、というよりもガルバラン将軍という人物を見誤っていたようだ」


「どういう事?」


「そいつはおそらく、人族ヒューメルがどれだけ死のうとも意にかいしていない。食料も物資も敵から奪えば良いと考えるような奴かもしれない。僕は敵が常識の通じる相手だと思い込んでしまった」


 カミーユ君は舌打ちせんばかりの表情で親指の爪を噛んだ。その目が私を見ているようで何も見ていない、彼が考えを巡らせるときの癖だ。


「ユイさん、部隊長を集めてくれないかな。大至急だ」




 天幕を張る間も惜しんで木陰で行われた軍議にて、まず司令官は皆に頭を下げた。


「すまない、僕の予想が甘かったようだ。帝国軍は輸送隊を失い、多くの離脱者や脱落者を出しながらも速度を落とさず進んでいる。明日にはザハール峠に達するだろう。こちらの主力も支援部隊を切り離して最速で進んでくれ、会敵後の判断はルッツ隊長に任せる」


 私にも異論はないし事は急を要するけれど、不安に思うことがある。小さく手を挙げて発言の許可を求めた。


「なんだい?ユイさん」


「帝国軍からの離脱者らしき者を何組か見かけました。切り離した支援部隊が彼らに襲われる可能性は?」


 カミーユ君自らが率いる支援部隊は一〇〇名程度で、しかも物資を運搬している。大規模な離脱兵の集団に襲われては危険だろうと思ったのだ。


「ああ、それは切り札があるから大丈夫」


 彼が視線を送った先には、ハバキア帝国軍の黒い軍装を纏ったカチュアがいた。確かに帝国兵であれば、武名高いユーロ侯爵軍の将を知らぬ者はない。敢えて『黒の月アテルフル』と武を競おうとする離脱兵などいないだろうし、自ら軍を抜け出したカチュアが今さら帝国軍に協力するとも思えない。


「わかりました。では先行します」


「うん。頼むよ」




 別動隊の主力、リーベ駐留軍の精鋭三〇〇と北部方面軍六〇がザハール峠に急行する。機を測って帝国軍を挟撃するはずだったが、事態は司令官の予測をも超えて進んでいた。


 翌日私達がザハール峠で見たものは、跡形もなく破壊された陣地とおびただしい両軍の犠牲者だった。

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