カラヤ村防衛戦(五)

「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素をにえとし仮初めの血肉となれ!【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】!」


 これが唯一習得できた上級魔術、私の切り札だ。一時的に全ての身体能力と魔力が飛躍的に上昇し、五感や思考までも加速されるため僅かながら体感時間が長くなる。


 乾いた地面を思い切り蹴って、十歩の間合いを瞬時に詰めた。巨体の足元に潜り込んで体を跳ね上げ、ひしゃげた青銅の棒と化した女神像を振り抜く。それは食人鬼オーガーが棍棒を構える暇もなく顔面に直撃し、赤黒い血が飛び散った。


 鼻骨が砕けるほどの一撃だが、この程度で倒れる相手ではないことはもう承知している。片手を地面につくほど体を折り曲げ、全身の発条ばねを利かせて宙に飛んだ。教会の二階よりも高く、身長の四倍ほども跳び上がる。

 地上の食人鬼オーガーはその場に踏みとどまり、空中で女神像を振りかぶった私を迎え撃とうと力を溜めている。このまま打ち合えばまた撥ね飛ばされてしまうだろう。だが。


「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ!【落下制御フォーリングコントロール倍速ダブル】!」


 鬼の棍棒は予想の倍速で落下する物体には間に合わず、私は全体重を乗せて女神像を叩きつけた。頭を粉砕するつもりで振り下ろしたのだが、石頭どころか鉄のように硬い頭骨にはばまれて手が肘までしびれる。右の二の腕からばちんと嫌な音が響いた。


「いっ・・・・・・痛くない!」


 着地の反動を利用して再び跳躍する。女神像が食人鬼オーガーの顎を跳ね上げる。左の脹脛ふくらはぎからもぶちんと音がした。


「痛くなんかない!!」


 無防備になった腹に渾身の横薙ぎがめり込む。鬼の巨体が浮き上がり、数歩たたらを踏み、とうとう地響きを立てて仰向けに倒れた。


 後ろからわっと歓声が上がった。形勢逆転、これで勝った。そう思ったのも無理はない。鬼が大量の血を吐きつつも半身を起こす。いま追撃すれば勝てるだろう・・・・・・


「うっ・・・・・・く・・・・・・う・・・・・・」


 頭はそう言っているのだが、体が動かない。全身の骨が砕けたように、筋肉が引きちぎられたように痛い。いや実際に異変が起きているのだろう、左足が上がらないし右腕は細かく痙攣けいれんしている。懸命に片足を踏み出したが、全身に走る激痛によろめき膝をついてしまった。


 食人鬼オーガーが低いうなり声とともに立ち上がる。足を引きずりながらも迫り、棍棒を振り上げる。私はそれを見上げることしかできなかった。


「やめろ!お、俺が相手だ!」

「ロット君!?だめ、来ないで!」


 鬼の前に立ちはだかった若者は棍棒の一撃に撥ね飛ばされ、地に転がった。

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