亜人種自治区における産業の調査および振興(六)

 翼人族ハルピュイアの子供を連れてフルシュ村に戻ると、様子が一変していた。


 駆け回る子供達の姿も、飲み物を売る屋台の娘も、通りで野菜を売る獣人の姿も無く、みな家にこもって息を潜めるばかり。それどころか広場に集まっていた十数人の村人が私達の姿を見つけ、殺気立ったその集団に囲まれてしまった。


「その子はどうした!密猟者にやられたのか!?」


「お前は何だ!人族ヒューメルは出て行け!」


 そのような意味の言葉を発しているのはわかるが、一角族コルヌス翼人族ハルピュイア蜥蜴人リザードマン犬人族コボルドといった亜人種や獣人はそれぞれ声帯の造りが違うためか共通語が聞き取りにくい。こちらも一通りの説明はするけれど、プラたんに通訳をお願いするしかないようだ。


「……人族ヒューメルの密猟者を狩りに行くって」


 狩りとは恐ろしい言葉だが、密猟者がした事を思えば無理もない。彼らこそ亜人種達を『狩って』死体の一部を持ち帰るというのだ、同じ目に遭わされても仕方ないだろう。

 でもその話は本当だろうか。だとすれば私は人族ヒューメルとして、エルトリア王国の巡見士ルティアとして事の真偽を確かめなければならない。


「私も一緒に行かせてもらえないかな」


「……聞いてみる」


 しばしの話し合いの後、幸いにも同行を許されることになった。ただし魔術師プラタレーナも同行すべしという条件付きで、大規模魔術を使った上に歩き通しの彼女にまた負担をかけることになってしまった。

 いつも通り辛さを言葉には出さないけれど、亜麻色の髪が汗で額に貼りついているほど疲労しているというのに申し訳ない。


「ごめんプラたん、わがまま言っちゃって」


「……ん、だいじょうぶ」


 でも私はどうしても行かなければならない。人族ヒューメルの不始末は人族ヒューメルが片付ける、そうでなければ亜人種達の信頼を得ることはできないから。


 私はエルトリア王国民である亜人種を守る立場にあり、法を犯す者を裁く権限もある。だが実際にそれができるだろうか。どこか自分を試されているような気がして、腰の細月刀セレーネを握り直した。




 犬人族コボルドの少年が地面の匂いをぎ、翼人族ハルピュイアの女性が上空から周囲の状況を探り、一角族コルヌスの青年が無骨な槍と盾を構える。

 それぞれの種族の特長を活かした追跡と連携はなかなかに優れたもので、ほどなく密猟者の荷車と思われる痕跡を見つけたようだ。私にとっては注意深く調べてようやく見つけられるかどうかという程度のものだが、森の奥に向かって微かなわだちの痕が残っている。


「……見つけたって。あそこ」


 木々の陰に隠れるように、いや実際に隠してあるのだろう。張り出した大木の枝葉の下に粗末な荷車が停めてあり、ほろには枝や葉がかぶせてある。


 それを見るや、一角族コルヌスの青年が一声えて駆け出した。少し遅れて十数人の亜人種が続く。策も無く統率が取れていないことに一抹いちまつの不安を覚えつつ私も駆けつけ、開け放たれた荷車の中を見た。




 むせ返るような血の匂い。翼人族ハルピュイアの翼、一角族コルヌスの角、蜥蜴人リザードマンの鱗、亜人種の身体の一部が無造作に、折り重なるように積み上げられていた。


 上空の翼人族ハルピュイアが甲高い声を上げたのは怒りのためかと思ったが、次の瞬間に私は自分の甘さを悟った。

 胸に矢が突き立った翼人族ハルピュイアが目の前に落ちてきて力なく翼を上下させ、周囲で蜥蜴人リザードマンの、犬人族コボルドの、狼人族ウェアウルフの血が噴き上がったから。

 密猟者たちは既に追跡に気付き、荷車の周囲で奇襲の用意を整えていたのだ。四方から斬り立てられた亜人種達は武器を構える間もなく地を朱に染めていく。


「敵襲!」


 聞き取りにくい共通語の叫びは一角族コルヌスの青年が発したものだろうか。私は敵を見誤っていた、これほど残忍で周到な相手だとは思わなかった。同じ人族ヒューメルならば話し合いの余地があるとさえ考えていたのだから。


 疲労のあまり動けないプラたんに向けて血濡れた剣が突き出される、銀色の細月刀セレーネが寸前でそれを払いのける。抜剣が一瞬でも遅れていたら私は大切な友達を永遠に失っていたかもしれない。


「あなた達!こんな事をして許されるとでも……」


「ほう?珍しい、人族ヒューメルの女か」


 にやりと笑うその髭面ひげづらとがっていない耳、衣服に包まれた体、四肢に体毛は薄く翼は無く、武器を持つに優れた構造の手。



 間違いようがない。認めたくはないけれど、この人達は私と同じ人族ヒューメルだ。

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