亜人種自治区における産業の調査および振興(七)

 密猟者の数は六人。人数だけはこちらが二倍以上を揃えているのだが、犬人族コボルド翼人族ハルピュイアは戦闘に向かない偵察要員だし、何より指揮官がおらず統率がとれていない。


 逆に敵は手練れ揃いの上に武具も優れており、連携が取れている。傭兵上がりか兵士崩れか、おそらくは全員が組織戦闘を経験しているのだろう。それに。


「良い腕だな、それにい女だ。俺達の仲間にならねえか」


「これほど罪を重ねておいて!ふざけないでください!」


「真面目な話さ。俺の女にしてやってもいい」


「馬鹿にして……!」




 私が対峙した男が首領格なのだろう、確かに油断できない実力を有している。

 剣術はほぼ互角……と言いたいところだが、実は違う。相手に致命傷を負わせる機会は何度もあったし、魔術を使えばもっと戦いを有利に進められたはずだ。

 私がそれをしなかったのは、やはり相手が人族ヒューメルだからなのか。そのせいで味方の亜人種が傷つき倒れていくというのに、未だに同族の命を絶つ覚悟ができていない自分に腹が立つ。


「ハーフエルフか?ははは、こいつは高く売れるぞ!」


「……っ!」


 亜人種自警団の一角が崩されたのか、輪の中心に守られていたはずのプラたんに横から襲いかかる人族ヒューメル。普段ならどうという事もない相手のはずだが、魔力を使い果たした彼女は【物理障壁フィジカルバリア】で身を守ることしかできない。それも数回剣を叩きつけられれば砕けてしまいそうなほど弱々しいものだ。


「ええい!迷ってる場合じゃない!」


 私のくだらない感情のせいで友達を失うことなどできない。今度こそ殺意を込めて剣を突き出そうとしたのだが、不意に敵の姿が消えた。奇怪な鳴き声とともに巨大な影が辺りを覆う。


鷲獅子グリフォンだ!」


「畜生、こんな時に!」


 いくつも上がったその声が事実を言い表していた。敵味方が入り乱れる中に現れた乱入者。巨象ほどもある鷲獅子グリフォンは密猟者の一人を足で地面に押さえつけたまま翼を広げ、二度、三度と羽ばたいた。それだけで暴風が吹き荒れ、相争う人族ヒューメルも亜人種も立っていられず地に伏せる。


「助けてくれ!誰か!誰か!」


 鷲獅子グリフォンの足元で悲鳴を上げる密猟者。この状況では敵意も恨みも一時棚に上げて共通の敵に対するしかないと思ったのだが、またしても私は自分の甘さを思い知らされた。

 誰一人として撃ち交わす剣を引く者はおらず、鷲獅子グリフォンに踏みつけられた男を助けようとする者もいない。それどころか。


「退却!」


 首領の命令一下、密猟者達は窮地の仲間も荷車も捨てて逃げ散ってしまった。残されたのはなお鷲獅子グリフォンの足下でもがく男と、亜人種自警団の面々だけ。しかも一角族コルヌスの青年は鉤爪に撥ね飛ばされ、狼人族ウェアウルフの男性も疲労と出血で動けず、無傷の者はいない。


 私も上空からのしかかろうとする巨体から身を投げ出してかわし、一本一本が小剣ほどもある爪を受け流し、巨大な翼から巻き起こる暴風に再び地に転がる。いくら何でも大きさが違いすぎる、生物としての差がありすぎる。人族ヒューメルが一人で挑むような相手では決してない。


「でも……カチュアなら?」


 私は親友の顔を思い浮かべ、愛用の細月刀セレーネを握り直した。


 あの剣の達人エスペルトなら、この剣の贈り主なら、鷲獅子グリフォンにだって負けないのではないだろうか。あの流水のごとく自然な体捌たいさばきでくちばしかわし、爪を受け流して喉元深く刺突を埋め込むのではないだろうか。相手が鷲獅子グリフォンだろうとドラゴンだろうと、彼女が敗れる姿が想像できないのだ。


「私だって!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 記憶の中のカチュアの体捌きをなぞるようにくちばしかわし、細月刀セレーネで爪を受け流し、するりと懐に潜り込んで剣先を突き上げる。鷲獅子グリフォンの喉元から血がしたたつば元に達する、しかし。


「だめだ!浅い!」


 狂ったような咆哮を上げて暴れ回る鷲獅子グリフォンに撥ね飛ばされ、草の上に転がった。すぐに跳ね起きて身を捻らなければ、急降下する爪に骨までえぐられていただろう。


 続けざまに繰り出される蹴爪けづめが恐ろしい擦過音を立てて皮鎧をかすめ、衣服の端を削り取っていく。五度、六度、七度とそれを繰り返し、とうとう姿勢を崩したところに巨大なくちばしが迫った。


 ちょうど【身体強化フィジカルエンハンス】の効果が切れて激しい疲労が襲い、体の均衡を保てない。

 相討ち覚悟で目に剣を突き立てるしかないのか、と覚悟を決めた瞬間、鷲獅子グリフォンの動きが止まった。その足に、胴に、翼に、無数のつるや根が絡まり身動きを封じている。


 これは【根の束縛ルートバインド】の魔術。術者は……ゆるやかに波打つ亜麻色の髪をなびかせた森人族エルフの女性。


「プラたん?いや……」


 そんなはずはない、彼女は力を使い果たして私の後ろに座り込んでいる。


 奇怪な断末魔が森の木々を震わせた。亜人種達が持つ粗末な槍が、びた剣が、欠けた斧が、鷲獅子グリフォンの胴に突き立ち切り裂き、鳥のものか獣のものか判然としない臓物を盛大にぶちまける。


 この亜人種自治区で神のごとくあがめられる魔獣は二度、三度と力なく羽ばたき、やがてその動きを止めた。




 プラたんよりも長い髪、さらに細長く突き出した耳、つるが巻き付いた長杖ロッド

 魔術で鷲獅子グリフォンを捕えた術者はそれを誇るでもなく、ただ静かに立っていた。

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