亜人種自治区における産業の調査および振興(八)

「元エルトリア王国兵ダムド・ソルメス、亜人種自治区内にて多数の亜人種をあやめ、死体を損壊したことを認めますね?」


「ああ」


「エルトリア王国巡見士ルティアユイ・レックハルトが、その職責をもって貴方あなたに死罪を言い渡します」


「……」


 鷲獅子グリフォンに踏みつけられ、仲間に見捨てられ、亜人種自警団に捕らえられた密猟者の男は、暴れるでもなくわめき散らすでもなく、ただ村の広場に座らされていた。重傷を負った上に手足をきつく縛られ周りを取り囲まれては観念するしかないとはいえ、ずいぶんと落ち着いているように見える。




 むしろ私の方が動揺しているかもしれない。手に汗がにじむ、喉が貼りついて声が出ない、鼓動が早鐘のようだ。

 小鬼ゴブリン食人鬼オーガー、数多くの妖魔をほうむってきたけれど、同族である人族ヒューメルをこの手に掛けたことは無い。見た目が同じ魔人族ウェネフィクスを斬ったことはあるが、あれは避けられない死闘だった。


 目の前の男は幾人もの亜人種を殺し、死体の一部を切り取って売りさばくおぞましい密猟者だ。亜人種達の怒りは察するに余りあるし、これほどの罪は命をもって償わせる他にない。

 エルトリア王国の巡見士ルティアである私には国内において臨時の裁判官を務め、場合によっては即座に刑を執行する権限がある。それに同族たる人族ヒューメルの手で処断してこそ、亜人種自治区の人々に誠意を示すことができるだろう。


 それでも手が震える、膝に力が入らない。私に無抵抗の人の命を奪う権利があるのだろうか、この人にも帰りを待つ家族や恋人がいるのではないだろうか。そのような思いがどうしても頭から離れない。誰も一言も発せず、不自然に音の無い時間だけが流れていく。


「……やれ」


 間に耐えかねたか、男は短くつぶやいた。


 目をつむる。頭上に剣を振りかぶる。呼吸を整える。力が入りすぎないよう手の内を緩める。ただそれを振り下ろした。こんな事に使ってごめん、と愛刀の贈り主に心の中で謝りながら。




 旅立ちの朝には、何もかも忘れたような蒼天が広がっていた。


 実際、昨日の死闘を思い起こさせる物はほとんど残っていない。巨象ほどもある鷲獅子グリフォンは夜を待たずにすっかり解体され、まさに歌に出てくる双子のドラゴンのように『みんなで分けられて』しまった。


 密猟者達は捕らえられた仲間を奪い返しに来ることもなく、荷車に積んであった亜人種達の体の一部はそれぞれの故郷に返された。フルシュ村は私が訪れた時と同じ静けさを取り戻し、通りには飲み物や食べ物を売る屋台が連なっている。




『ひとつ、一人じゃ食べきれない』


『ふたつ、双子ふたごドラゴンも』


 学校の窓から子供達の声が流れてくる。亜麻色の髪の友人の姿を一目だけ見て、私は歌声に背を向けた。


 鷲獅子グリフォンを捕えた魔術師はペルーシュさん、プラたんの母親だそうだ。昨夜、月明りの下で言葉を交わす二人は絵画のように美しく、微笑ましく見えた。様々な事情があるにせよ、親子が互いの愛情を失っていなかったことに安堵あんどしたものだ。


『亜人種自治区における産業の調査及び振興』などという私の幻想は散々に打ち砕かれ、人族ヒューメルの心の醜さばかりを思い知らされる結果となった。

 もしかすると自分は人族ヒューメルの利益や国益ばかりを考え、心のどこかで亜人種を見下して、彼らの本当の幸せを願ってはいなかったのかもしれない。




 でも、と思い直して顔を上げ、なぜか頭から離れない歌を口ずさんだ。


『みっつ、みんなで分けたなら』


 彼らとの関係改善には時間がかかるだろう。それほどの罪を私達人族ヒューメルは犯してきた。

 でもきっと、それは不可能ではない。私にとってプラたんはいつまでも大切な友達だ、そこに種族の違いなどありはしないのだから。


『よっつ、夜中におなかがすいても』


『いつつ、いつでも食べられる』




 どこまでも青く高い空に手を伸ばす。私の歌声は風に乗り、その先に抜けていった。

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