儀仗兵ロットの憂鬱(一)

 噴水の飛沫しぶきを浴びた子供が走り回る。石畳が敷き詰められた広場には様々な屋台が並び、刈り込まれた芝生の上で親子連れがお弁当を広げる。


 瀟洒しょうしゃな店構えの服飾店、古ぼけた民家、きらびやかな硝子ガラス細工の店、安いだけが取り柄の酒場、それらが雑然と建ち並ぶ街路を様々な髪色の人々が行き交う。

 他の町に比べると亜人種の割合が多く、森人族エルフ土人族ドワーフ犬人族コボルドの姿も時折見かける。相変わらず雑多な町だが、それを懐かしく思える程度には慣れてきたのかもしれない。




 王都フルート、エルトリア王国よりも長い四百年の歴史を誇る古都。

 深く広大な森に抱かれて自然のままに暮らす亜人種自治区から帰って来た私には、この町の全てがまぶしく映る。このような大都市を造り上げた人々の営みに敬意を表する反面、豊かな大地の恵みを失ってしまった寂しさも同時に覚える。


 その中心に据わる王宮は建築技術の粋を尽くした白亜の威容を誇り、敷地内に国政や国軍に関連する施設をいくつも抱えている。四方を囲む城壁には東西南北合わせて六箇所に分厚い門扉があり、その全てに警備の兵が詰めている。

 普段は比較的目立たない東門を通ることが多いのだが、今日は最も大きい南側の正門を訪れた。この場所に目的の人物がいることを知っていたからだ。




 開かれた門の前に立つ二人の儀仗兵ぎじょうへい。濃緑色を基調に金色の装飾を施された儀礼用の軍服に身を包み、極めて姿勢正しく背筋を伸ばし、よく磨かれた長槍を立てたまま身動き一つしない姿は華麗そのものだ。私は彼らの前に立ち、右手を掲げて敬礼した。


「お疲れ様です。巡見士ルティアユイ・レックハルト、任務より帰還しました」


 やはり身動き一つしないけれど、左側の背が高い方の儀仗兵ぎじょうへいが耐え切れずに私を横目で見た。その顔が笑いをこらえている。

 無理もない、この人は血が繋がらないとはいえ同じ家で暮らし、軍学校の二年間を共に過ごした兄なのだから。




 そのロット君はジュノン軍学校を卒業してエルトリア国軍に入り、アカイア市での新兵訓練を終えるとすぐに儀仗兵ぎじょうへいに任命されたと聞いていた。


 儀仗兵ぎじょうへいとは王宮の警護や要人の護衛を務める兵士のことで、常に市民の目にさらされ有事には要人の盾となることから、見た目にも体格にも優れた若い兵士が選ばれるという。

 その華やかさから羨望せんぼうを受けることが多い職務であり、辺鄙へんぴな田舎村から巡見士ルティア儀仗兵ぎじょうへいが一度に輩出されたと、カラヤ村ではちょっとした騒ぎになったらしい。




 今日は久しぶりにロット君と夕食の約束をしていたのだけれど、待ち合わせの時間を過ぎてもまだ彼の姿は無い。


 それはまだ良いとして、この店は少々落ち着かない。

 薄暗い店内で奇抜な格好の若者が前衛的な音楽を掻き鳴らし、それに合わせて露出の多い女性が激しく踊り狂う。やたらと裾の短いタイトスカートを穿いた店員さんが派手な色の酒をテーブルに乗せ、髪を逆立てた若者がそれをあおる。先程から入れ替わり立ち替わり男性に声を掛けられるのも困りものだ。


「よう、待たせて悪い」


「あ、うん……」


 やがて現れたロット君も、それら若者達とさほど変わらぬで立ちだった。真っ赤なシャツ、膝に穴が開いたズボン、鎖のついた革のジャケット。よく言えば都会的、悪く言えば非実用的で意味不明な服装だ。


「おっ、この子が妹?よろよろー」


「へえ、カワイイじゃん。名前教えて?」


「ど、どうも。ユイです」


 ロット君の友人だという二人も奇抜な青年で、一人は長い金髪に顎髭あごひげ、もう一人は剃り上げた側頭部に刺青いれずみという具合。

 いや、むしろここでは地味なブラウスにフレアスカート、単に髪を下ろしただけという私の方が変に目立っているかもしれない。


「こっちが妹?ぷっ、イモくっさ」


 極めつけは最後に現れた若い女性で、おそらくは美人の部類に入るのだろうが化粧が濃すぎてよくわからない。胸元が大きく開いたどころかほとんど隠れていない上衣にひょう柄のミニスカート、およそ私には理解できない服装をしている。


 小指を立ててどぎつい緑色のカクテルに唇を付け、真っ赤な口紅を残したそれをテーブルに置く所作からは気品の欠片も感じられない。そんな見た目の衝撃が強すぎて、初対面での失礼な言い草も頭に入ってこなかった。


「こいつが妹のユイだよ。みんな、よろしくな」


 ロット君はと言えば気にした様子もなく、一気に麦酒エールあおってグラスを掲げた。




 カラヤ村の実家や軍学校にいた頃は純朴でひたむきだった兄の変わりようを見て、私はこれまでに無い居心地の悪さを感じていた。

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