亜人種自治区における産業の調査および振興(五)

 翼人族ハルピュイア。山岳地帯や深い森に棲み、その歌声で人族ヒューメルや亜人種の男性を魅了し子を成す種族。それゆえ全ての個体は女性であるが姿は実に様々で、大型の鳥に女性の顔と胸がついたような者から、人族ヒューメルの姿を色濃く反映した者までいるという。




 先程手当てを済ませたこの子はといえば、ほぼ人族ヒューメルと変わらず衣服を身に着け、背中に翼が生えているだけ。フルシュ村の屋台にいた子と同様に人族ヒューメルのような生活を送ることができるだろうが、代わりに飛行能力はやや劣るかもしれない。


「……翼人族ハルピュイアの集落、このあたりだって」


 土と岩ばかりの山地に足を踏み入れて数刻、プラたんの足がようやく止まった。身軽で森や山に慣れているはずの彼女も額に汗を浮かべている、やはり先刻の大規模魔術による消耗が激しかったのだろう。


「―――!―――!」


 怪我をした翼人族ハルピュイアの子供が甲高く一声、二声鳴くと、岩陰からいくつもの翼を持った影が舞い上がり上空で旋回を始めた。


 この亜人種自治区ではことごとく亜人種に拒絶されてきたが、こうして助けた子供を連れ帰れば少しは態度が軟化するだろう……などという考えが非常に甘かったことはすぐに知れた。

 武器を持った翼人族ハルピュイアに前後左右どころか上まで囲まれ、敵意どころか殺意にさらされることになってしまったから。この子とハーフエルフのプラたんがいなければ、問答無用で八方から突き殺されていたかもしれない。


「……人族ヒューメルの密猟者はお前か、って」


「密猟者?」


「……たまにいる。亜人種を殺して、翼人族ハルピュイアの羽とか、一角族コルヌスの角とか持ち帰る人族ヒューメル


「そんな人達が!?」


 それでは亜人種達が人族ヒューメルを忌み嫌うのも無理はない。『亜人種自治区における産業の調査及び振興』どころではない、エルトリア王国の巡見士ルティアたる私がまず為すべきは、密猟者の取り締まりという事になるだろう。




 同族の子供を助けた事実とこの地に住むプラたんの説明でようやく解放されたものの、やはり集落からは追い出されてしまった。それから不思議なことに、怪我をした翼人族ハルピュイアの子供がついてくる。


「あの子どうしたの?ずっとついて来るつもりかな」


「……聞いてみる」


 しばらくして戻って来たプラたんはいつものように無表情だったけれど、薄い色の瞳に憂いの色を浮かべていた。


「……集落にいたら生贄いけにえにされるって」


「え、なんで?どうして!?」


「……お前のせいで自分達が鷲獅子グリフォンに狙われる、喰われてしまえって」


「そんな……どうする?」


「……フルシュ村の学校に連れてく。他にも同じような子がいるから」


 翼人族ハルピュイアの子供は目に涙を浮かべ、足をひきずりつつ歩く。よく見ればその足は傷ついている上に鉤爪かぎづめなど鳥の特徴を残しており、歩行には不向きな形をしている。翼を裂かれ、この足でフルシュ村まで歩くのは困難だろう。私はその子の前に座り込み、背中を向けて声を掛けた。


「怖くないよ。村まで背負ってあげる」


「……」


 その子はしばし警戒していたようだが、プラたんが頷くと背中に重みを感じた。

 私にはこれくらいしか出来ないけれど、と思い隣に視線を送る。ハーフエルフの友人は相変わらず表情を変えず黙々と歩いていた。




 改めてこの友達を尊敬する。この子を連れ帰るということは、この子の将来に責任を持つということだ。怪我を癒し、生きるすべを教え、一人で生きていく力をつけるまで。


 私はどうだろうか。不意にエリューゼ、貧民街の小さな魔術師のことを思い出した。きっとあの子も救いを求めていたに違いない、私は自分の無力を言い訳にして彼女を見捨ててしまったのではないだろうか。

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