卒業記念試合(一)
壁際に机が並べられた多目的室。魔術科二年生による卒業制作の品々が展示されているのだが、それとは別に先程から気になって仕方ないことがある。
窓から見える正面広場の長椅子に、所在なげに座っている生徒がいるのだ。確か剣術科の一年生だったと思うが、名前が思い出せない。
普段なら気にも留めないところだが、剣術科は今日から三日間、全生徒参加の卒業記念試合が行われているはずだ。あんな所にいて良いのだろうか。
「ユイちゃん、カミーユ君の試合が始まるよ」
「あ、うん。いま行く」
私はカチュアに呼ばれて競技場に向かった。彼女も試合が組まれているが、圧倒的な実力を誇る留学生であるため二回戦からの出場らしい。観覧席から吹き抜けの競技場を見下ろすと、砂岩の床に長方形の線が四組描かれており、それぞれで試合が始まっていた。
「カミーユ君!」
観覧席から声を掛けると、女の子のように小柄な剣士がこちらに手を振った。表情は明るく緊張の欠片も感じさせない。間もなく試合が始まり、すぐに終わった。
「・・・・・・終わっちゃったね」
「・・・・・・うん」
試合を終えたカミーユ君は先程と同じように明るく手を振った。開始数秒で剣を叩き落とされたため、その手には何も持っていない。彼は何事もなかったように観覧席に上がってきた。
「やあ、ユイさんも来てくれたんだ」
「もうちょっと抵抗というか、何とかならないの?」
「無駄だよ。僕が剣を抜くようなら、もうその戦いは負けだ」
自分は参謀志望だから剣術など最低限で良い、というのが彼の主張だが、私の見たところその最低限すら満たしていないのではないだろうか。他の教科の成績は知らないが、これで剣術科を無事に卒業できるのかと心配になってしまう。
「おい、ユッカの奴いたか?」
「いや、見当たらん。どこ行ったんだあいつ」
ばたばたと剣術科の生徒が走り抜けていった。それで思い出した、さっき広場のベンチに座っていた生徒。
確かカミーユ君と一緒にいた時に何度かお話ししただけだと思うが、ユッカペッカ・メブスタという珍しい名前だけが妙に記憶に残っていたのだ。
「あれ、まだ見つからないんだ。もうすぐ試合なのに」
「さっき見たよ。正面広場にいた」
「あー、そうなんだ」
「急いで呼びに行かなきゃ」
「んー・・・・・・そうだね。ユイさんならまあ、可能性はあるかも」
カミーユ君は妙に歯切れが悪い。私は首を
すぐに見つかったユッカペッカ君にカミーユ君が話しかけてみたものの、
「ユッカ、もうすぐ試合が始まるよ」
「・・・・・・行かない」
「不戦敗になってしまうよ?」
「いいんだ。どうせ出ても負けるんだから」
「それならそれで、棄権するって運営の先生に言わなきゃ」
「うるさい!ならお前が言ってきてくれよ!」
確かにこれは面倒くさい。両手を広げて苦笑いを浮かべたカミーユ君に代わって私が押し出される。なぜ私がと、もう一度首を
「ユッカペッカ君だよね?ユイだけど、覚えてるかな」
「・・・・・・」
「体調悪いの?じゃあ棄権しようよ、一緒に運営まで行こう」
正面から優しく腕に触れると、意外なほどあっさり立ち上がってくれた。運営係の前まで連れて行き、背中を軽く叩く。これも意外とあっさり棄権する
「残念だったね。来年がんばろう」
「・・・・・・うん」
後ろでカチュアとカミーユ君が小声で話すのが聞こえる。
「ユイちゃんって、こういうの本当に上手いよね。人の気持ちがわかるっていうか」
「んーまあね。それだけでもないだろうけど」
ユッカペッカ君を見送って振り返ると、カミーユ君が視線をそらした。
「カミーユ君、何か隠してる?」
「んーいや、彼と何度か会ったことがあるよね?その後ユイさんの話になって、それで印象が良かったんじゃないかな。たぶん」
「それだけ?それであんなに素直になる?」
「んーほら、僕達って剣術の成績悪いからさ。ユイさんも魔術科で成績は悪いけど頑張ってるみたいだって伝えたら、親近感を持ったみたいで」
「カミーユ君って、ごまかす時は『んー』って言うよね」
「うん、参った参った。その通りだよ」
カミーユ君は両手を挙げておどけて見せた。何だか腹立たしいけれど、これ以上問い詰めても無駄なようだし、そんな場合でもなくなった。運営係から気になる名前が読み上げられたから。
「一年生ロット・レックハルト君、二年生ドルス・エウゲネス君、第四試合場に入ってください」
長身の若者が立ち上がった。濃い茶色の瞳は覚悟を宿し、口元は勇ましく引き締まっているが、模擬剣の鞘を握る手はかたかたと震えている。
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