魔術師フレッソ・カーシュナー

 カラヤ村やアカイア市ではとっくに雪が積もっている季節だが、ここジュノンの町は標高が低く温暖な気候のため滅多に雪が降ることはない。それに、魔術を応用した動力球から熱や水が供給されている学校と寮は快適そのものだ。


 その快適な学校の二階にある多目的室には、魔術科二年生による卒業制作の品々が展示されている。


『【浮遊レビテート】常駐の羽と【風操作ウィンドコントロール】併用による自由飛行』

『【冷却コールド】常駐による低温維持グラス』

『瞬唱魔術【閃光の矢フラッシングボルト】の開発』


 その作品は様々で、魔術を常駐させた実用品や魔術師用の装備品、新しい魔術の論文など無形のものまで含まれる。


 特に制限らしいものはなく、魔術を研究した成果物であれば良いとの事だが、魔術を常駐させる品を自作した者が多いのは『術者の思い入れのある品であるほど効果が高く持続する』という魔術の特性を意識してのことだろう。その中で特に私の興味を引いたものがある。



『【風の声ウィンドボイス】中継点の設置による音声伝達距離の延長』



風の声ウィンドボイス】は術者の周囲から発せられる音を遠くに届ける魔術だが、その距離はどれほど魔力が強くても五百歩程度が限界とされており、さらには遮蔽しゃへい物でさえぎられれば効果がいちじるしく弱まってしまう。


 それをあらかじめ【風の声ウィンドボイス】を常駐させた水晶球を中継点とすることで音声伝達距離を延長し、さらには遮蔽しゃへい物を迂回したり、複数個所に音を届けることに成功したという。

 当然限界はあるものの、様々な用途に応用できる技術に違いない。他と比べて特に高い評価を受けているわけではないようだが、このような発想に至ったことが気になるのだ。これはまるで・・・・・・


「制作者フレッソ・カーシュナー?」


 どこかで聞いたことがある名前だ。魔術科の二年生なのは間違いないだろうが、この名前を耳にしたのはいつだったか。

 ともかく、魔術科二年生は今日を最後に出席の義務が無くなるはずだ、話を聞くには今すぐ教室を訪ねるしかない。




「あの、フレッソ先輩はいらっしゃいますか?」


 魔術科二年生の教室でそう聞いた。複数の視線が集まるのは仕方ないとしても、そのほとんどが敵意を含んでいるように感じられたのは何故だろう。それを知ってか知らずか、現れたのは確かに見覚えのある顔だった。


 鮮やかな赤毛、蒼玉色の瞳、細身の長身、確か入学式の日に声を掛けてきた人だ。

 見栄みばえのする外見だけでなく、その所作も含めて無垢むくな少女の夢から抜け出したように繊細な美青年ではあるが、その表情からはどこか軽薄な印象も受ける。


「一年生の子だね。俺に何か用かい?」

「あ、はい。卒業制作についてお聞きしたくて」

「ふうん?もちろん良いよ。場所を変えようか」


 案内されたのは隣の空き教室。机に腰掛けて長い脚を組む姿は絵になるけれど、何故だか格好良いとは思えない。美貌よりも軽薄さが、瀟洒しょうしゃさよりもわざとらしさが、それぞれ勝っているように見えるのだ。


「それで、何を聞きたいのかな?」

「ええと、先輩の卒業制作について、いくつか教えてください」


 実はこの研究は技術的にも仕組み的にも単純で、使用しているのも初歩の基礎魔術だけ。いくつか平凡な質問を投げかけ彼が答えたが、それ自体に大した意味は無い。私が気になった部分は他にある。この技術はまるで前世の・・・・・・


「君が聞きたいのはそれだけかな?本当は別な用事があるんじゃないかい?」


 それを言い当てられたかと思い身を固くしたが、どうやら違ったようだ。


「卒業制作じゃなく俺自身に興味がある、違うかな?」


 妙に芝居がかった動作で立ち上がったかと思うと壁に追い詰められ、あごに指を掛けて持ち上げられた。この人は何を勘違いしているのか、本当にこんな行動をとる人が存在するとは思っていなかった。


 自信満々の微笑が不快極まりない、容姿が良ければこんな言動が許されると思っていることが腹立たしい。これで喜ぶ女性がいるとでも思っているのだろうか。私はするりと壁際から逃れ、用意していた言葉を投げつけた。


「違います。私が聞きたいのは、あなたがこの『通信技術』を思い付くに至った経緯です」

「何だと?」


 通信技術。前世では当たり前のように発達していた技術だが、この世界ではその名称すら無いはずだ。

 魔術といえば光や闇や火や水、それらを駆使した破壊魔術や生活用魔術がまず思い浮かぶ。そうではなく情報の伝達という、ある意味地味なものに魔術という大きな力を使おうとは思う者は少ない。


 この世界の人達にとって情報伝達を重要視するという発想は一般的でなく、むしろ私が以前生きていた世界の価値観だ。もし『通信技術』という言葉に反応するならば、この人はもしかして私と同じ・・・・・・




「フレッソ、いつまでやってんのさ!」


 だが、割り込んできた女生徒にその先を封じられてしまった。先程教室で敵意の視線を向けてきたうちの一人だろうか。


「ちっ、馬鹿女が・・・・・・」


 舌打ちと小声の罵倒が耳に届き、私はこの男の評価をさらに一段下げることにした。


「君、名前は何といったかな」

「ユイです。ユイ・レックハルト」

「わかった。覚えておこう」


 先輩は身をひるがえして背を向け、女生徒にはなぜかにらまれて、私のたくらみは有耶無耶うやむやに終わってしまった。


 フレッソ・カーシュナー。決して好きになれそうにない男だけれど、忘れてはいけない名前になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る