卒業記念試合(二)

「ロット、頑張れよ」

「ロット君、頑張って」


 カミーユ君に続いて私もロット君と軽く拳を合わせたが、伝わってきた感触は硬く冷たかった。


 無理もない。二年生のドルス先輩は帝国からの留学生であり、文武共に優秀で優勝候補の筆頭に挙げられている。いくらロット君が強くなったといっても、冷静に見れば勝ち筋は見当たらないだろう。問題はどれくらいの差があるかだけれど・・・・・・


「ユイちゃん、上から見よう」

「あ、うん」


 カチュアにうながされて観覧席の最前列に並ぶ。胸ほどの高さの鉄柵から顔を出すと、意外と大きくロット君の姿が見下ろせた。身長ではロット君が僅かに勝っているようだが、その身からただよう自信と風格が段違いであるため、相手の方が一回りも二回りも大きく見えてしまう。


「強いよね、やっぱり」

「ん、まあね」

「さすがに厳しいだろうね。何だかんだ言ってそれなりの剣士だから」


 言いにくそうに口ごもるカチュアに代わって、カミーユ君が答えてくれた。先日ドルス先輩の傲慢ごうまんな物言いをとがめた彼でも、剣士としての実力は認めざるを得ないということだろうか。


「両者構えて、始め!」


 軽く剣先を合わせ数歩の距離をとったかと思うと、すぐさまロット君が仕掛けた。

 力感あふれる動作で上段から打ち下ろし、追撃の横薙ぎを見舞い、一度離れて遠い間合いから再び打ち下ろす。私の目には長身を活かした力強い打撃に見えたのだが、隣の席のカチュアは眉をひそめたようだ。


「これはちょっと隙が大きいかも・・・・・・」


 彼女が危惧きぐした通り、打ち下ろしを綺麗に受け流したドルス先輩が大きく踏み込み連撃を仕掛けた。三段、四段、五段、ロット君はそれを受け止めるのが精一杯で、反撃の隙もなく線の外まで押し出されてしまった。

 審判の先生が割って入り、一度試合が止まる。相手の武器が体に触れるか場外二回で負けという規則のため、これでもう退くこともできなくなってしまった。


「ロット君・・・・・・落ち着いて」


 私は組み合わせた両手に力を込め、大きく息を吐き出すロット君を見つめた。顔が蒼白い、体が強張こわばっている。私達と夏合宿を共に過ごした彼は確かに強くなっているはずだが、この様子では実力を発揮するのは難しいかもしれない。


 試合が再開されると、今度はドルス先輩の方が先に打ち込んだ。ロット君が鍔元つばもとで受け止めたが、相手の剣にからめ捕られて叩き落されそうになる。だが慌てて距離をとるロット君に追撃は来なかった。


「・・・・・・」

「あいつ・・・・・・」


 押し黙るカチュア、舌打ちに続いて小さくつぶやくカミーユ君。私には二人の反応の意味がわからなかったのだけれど、すぐにそれを知ることになる。

 ドルス先輩はロット君の剣を撥ねのけては叩き落とし、り上げては巻き落とすが、決して追撃しようとしない。薄笑いを浮かべて待ち構えるのみだ。


 観覧席に低いざわめきが広がっていく。傷ついたねずみを猫がもてあそぶがごとき様子に、私達だけでなく周りの生徒達も気づき始めたのだろう。

 激しく呼吸を乱したロット君は、それでも愚直に剣を突き出し振りかぶる。その勢いにとうとうドルス先輩が受け損ね、姿勢を崩した。そこにロット君渾身の打ち下ろしが襲う、私も思わず身を乗り出したのだけれど・・・・・・


「危ない!ロット君!」


 同じく身を乗り出したカチュアが叫んだのと、それが起こったのは同時だった。打ち下ろしを華麗にり上げたドルス先輩の剣が隙だらけの額をとらえ、かつんと乾いた音が響いた。


 床を朱に染めて人形のように倒れ込むロット君。それを呆然とながめていた私だったが、会場の各所から上がる悲鳴で我に返った。人波を縫って階段を駆け下り、階下の競技場へ。


 自力で担架たんかに乗ろうとする姿に少し安堵あんどしたが、それで怒りが収まるわけでもない。運び出されるロット君と少しだけ言葉を交わすと、平然と歓声に応える加害者を呼び止めた。


「ドルス先輩、あなたは・・・・・・」

「誰だお前は。何の用だ?」

「ロット君の妹です。怪我をさせた相手に一言も無しですか?」

「ふん。知ったことか」


 さらに何か言おうとする私を止めたのは、意外にもカミーユ君だった。彼は先日ドルス先輩を挑発するような物言いをしたくらいだ、むしろあおり立ててもおかしくないはずなのに。


「ユイさん、ごめん。僕が余計なことをしたのが悪かったんだ」


 これもカミーユ君らしくない。彼は余計なことをしたとも悪かったとも思っていない、自分が正しいと信じているはずだ。そう言おうと思ったのだけれど、意外にも強い力と眼光に押さえつけられてしまった。


「だから、あいつを潰す役目は僕に譲ってくれないかな」

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