行政官フレッソ・カーシュナー(七)

 さほど広くもない部屋、既にその大半が炎に包まれている。



 土壁か石壁であれば【穿孔パルファレイト】の魔術で穴を開けられるのだが、生憎あいにくと壁も床も板張りだ。おそらくこの施設は研究棟などではなく私をほうむるため、ただそれだけのために作られたものなのだろう。


 であれば唯一の脱出口である窓にも罠が仕掛けられているに違いない。私は動かなくなった人形兵ペルチェの足首をつかんで窓に叩きつけた。硝子ガラスを突き破り外に転がった人形兵ペルチェ、その胴に何本かの細長い棒が突き刺さっている。おそらく何かしらの毒が塗られていたに違いない。


 黒煙とともに窓から外に飛び出し、地面で二回ほど転がって激しくき込んだ。

 肺の中が熱い、手足のあちこちに鋭い痛みを覚える。煙を吸い込んだ上に硝子ガラスの破片でいくつか裂傷を負ってしまったようだ。石畳に手をついて起き上がろうとする私の頭の上で、わざとらしい拍手の音が響いた。




「素晴らしい。その勇気と機転、賞賛に値する」


 黄金色の炎が空を焦がす、異様に明るい夜の下。燃えるような赤毛の魔術師はリースの肩を抱き、嫌らしく口元をゆがめた。多くの女性が振り返るであろう美貌も、この表情と性格のおかげで台無しだ。


「見ての通りさ。この女も俺の手の内にある、俺が外出中というのも嘘だ。お前はこいつにはかられたんだよ」


「違う。リースはそんな子じゃない」


「ははははは!言ってやれよ。お前はだまされたんだ、友達ごっこも何もかも全部嘘だって」


「……違う、違うの。ごめんユイちゃん、違うの……」


 ただでさえ色白のリースは死者のような顔色で紫色の唇を震わせ、ただ同じ言葉を繰り返すのみ。


「ほら、やれよ。こいつも友達の手に掛かれば本望だろ」


 私の前に押し出されたリースはやはり蒼白な顔で全身を震わせ、何度も何度も首を振った。


「できない、できない、そんなこと……」


「はっ、少しは役に立てよ。くずが」


 背中を蹴られたリースは雑草だらけの石畳の上に倒れ、そのまま顔を伏せてしまった。怪我のためではない、立ち上がる気力が持てないのだろう。




「フレッソ・カーシュナー……」


 立ち上がった私は静かに細月刀セレーネを引き抜き、その剣先を赤毛の魔術師に向けた。


貴方あなたは私の大切な友人をたばかり、おとしめ、足蹴あしげにした。国も身分も立場もない、ただ私怨しえんをもって貴方あなたを討つ」


「はっ、いいだろう。その友人とやらに裏切られた哀れな者にふさわしいみじめな最期をくれてやる」




 魔術師フレッソは再び口元をゆがめ、その性根と同じくらいじ曲がった曲杖ワンドをこちらに向けた。

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