行政官フレッソ・カーシュナー(六)

 乱雑な場所だ。床も壁も板張りの十五歩四方ほどの部屋には窓が一つだけ、いくつかの書棚と机、床にはぶちまけたような紙の資料。油が燃えている臭いがするのは、壁に掛けられたランプに灯がついているためか。机に向かっていた中年女性がゆっくりとこちらを振り向いた。


 やはりこの人か、と思ったのもつかの間。女性は椅子からおもむろに立ち上がり、ランプを手にすると床に叩きつける。板張りの床に油が広がり、黄金色の炎が流れていく。


「えっ!?何を……」


 その顔を見てもう一度驚いた。表面に薄く木目が浮いている。


「これは……【木人形ペルチェ】!」


 木人形ペルチェ。木製の人形に生贄いけにえの魂を封じ込め術者の意のままに操るという魔術で、【転生リーンカネーション】や【蘇生リザレクション】と並ぶ禁術とされている。

 人形は生贄いけにえの生前の姿を反映し、能力はやや劣るもののそれに準ずるという。どのような経緯かはわからないが、つまりこの人形には犠牲者の魂が宿っているのだ。


 先日会ったこの女性は確かに生きている人族ヒューメルだった、この五十日ほどの間に何があったのかわからないが、それを考える余裕はなさそうだ。




 瞬く間に燃え上がる床の資料、まるで計算されていたかのように炎が広がる。いくら何でも火の回りが早すぎる、油紙が混じっていたのだろうか?だとすればこれは……


「……っ、やっぱり!」


 入って来た扉の把手とってを掴んだが、金具が触れる音がするばかりで回らない。外から鍵が掛けられている。


「我が生命の精霊、偽りの鍵となりてその封を解け!【開錠アンロック】!」


 駄目だ、【開錠アンロック】の魔術さえ効果が無い。いつの間にか【施錠ロック】だけでなく【封印シール】の魔術までほどこされている、外にはリースがいたはずなのに!?




「ようこそ我が城へ、ユイ・レックハルト」


 軽薄そうな人を小馬鹿にした声、この声には聞き覚えがある。


「フレッソ!リースはどうしたの!」


「隣にいるよ。彼女も俺の忠実なしもべさ」


「違う!リースは私を裏切ったりしない!」


「どうかな。そこから生きて出られたら証拠を見せてやってもいい」


「そうさせてもらう!」


 ついさっきまでリースは私と一緒だったし、彼女に不自然な様子はなかった。あの気弱で優しいリースが人をだましたりおとしいれたりするはずがない、まして友達の私をだ。私はリースを信じている。




 ゆっくりと両手を広げて歩み寄る女性型の人形兵ペルチェ、その全身が燃え盛っている。この激しい燃え方から察するに衣服に油を染み込ませてあったのだろう。人形になり果ててまで操られ使い捨てられることには同情するが、共に燃え尽きてやる義理は無い。


「リース!いま行くからね!」


 細月刀セレーネの柄に手をかけ、低い姿勢で人形兵ペルチェの懐に飛び込んだ。


 抜き打ちにその頭部を斬り飛ばす。炎に包まれた人形は、やはり声もなくその場に崩れ落ちた。




 ◆


(5/13追記)この回を含む章前半部分を修正しました。

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