行政官フレッソ・カーシュナー(八)

 白く輝く光の矢が正面からぶつかり合い、夜の中に光の欠片をまき散らす。

 顔の前に掲げた左腕の布地が裂けて鋭い痛みが走る、光の欠片がかすめた頬から赤いものが散る。


 魔力に劣る私が【光の矢ライトアロー】の魔術を撃ち合えば不利、そんなことは承知している。細かい傷に構わず距離を詰め、細月刀セレーネを振りかぶる。もはや回避も防御も間に合うまい、もらった、と思った瞬間、リースの声が耳に届いた。


「ユイちゃん、上!」


 咄嗟とっさに剣を引き地面に体を投げ出すと、空から落ちてきた何かが私の頭上の空間をえぐっていった。いつの間にか動き出していた屋根の上の石像、魔像ガーゴイルが鉄製の鉤爪かぎづめを振るったのだと知り、背中に冷たい汗が流れた。


「ありがと、リース。助かったよ」


「ちっ、クソ女が。後で覚えておけよ」


 赤毛の魔術師、フレッソが言葉とともにつばを吐き出す。やはりリースは私をたばかったのではない、この男に脅されているだけだ。


「そんな事はさせない。貴方あなたあとなんて無い」


「その言葉、そのまま返してやるよ」




 だが。展開した【魔術障壁マジックバリア】が粉々に砕け散り、フレッソが放った【暗黒球ダークスフィア】の欠片が身をかすめる。上空の気配を探り、体をひねって魔像ガーゴイル鉤爪かぎづめに空を掴ませる。

 こちらの反撃は虚しく宙を薙ぎ、足下から噴き上がった植物の根に絡め捕られそうになって横跳びに転がる。そこに振り下ろされた鉤爪かぎづめを危うく剣で受け止める。


 言葉では強がってみたものの、互角以上の魔術師と宙を舞う魔像ガーゴイルを一度に相手取るのは難しい。石で造られた魔像ガーゴイルには剣が通用しないだろう、ならば術者を先に仕留めるしかない。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


「夜を夢を影を、絶望をつかさどる闇の精霊、その黒き手を以ての者をいましめよ。【影の束縛シャドウバインド】!」


 人族ヒューメルの限界値まで強化された脚力で石畳を蹴り、宙に魔像ガーゴイルを置き去りにして一直線に詰め寄る。あとは私の剣が赤毛の魔術師を貫くのが早いか、彼の【影の束縛シャドウバインド】が発現するのが早いか。単純な勝負になるはずだったのだけれど……


「あっ……!?」


 あと三歩というところで、炎に包まれた柱がこちらに倒れてきた。下敷きになるところを危うく逃れたものの、地面から伸びた何本もの黒い触手に腰まで絡め捕られてしまう。

影の束縛シャドウバインド】の魔術。影色の触手は胸、腕、手首にまで巻き付き、完全に身動きを封じられてしまった。




「ふん、こんなものだろう」


 勝ち誇ったフレッソが歩み寄りあごをつまみ上げる、その顔が間近に迫る。あまりの不快感に顔をそむけたものだが、彼の手が細月刀セレーネに掛かると私は冷静さを失ってしまった。


「その剣に触らないで!【苦痛ペイン】!」


「くっ!?」


 左手の人差し指だけをフレッソに向けて【苦痛ペイン】を発現させたが、心が乱れている上に無詠唱ではさしたる効果は無い、むしろ怒りを買ってしまっただけだ。


「このクソ女が!【苦痛ペイン】ってのはこうやるんだよ!」


「うあっ!」


 胸の中央に激痛が走る。ついでとばかり左右の頬を拳で殴られる。【影の束縛シャドウバインド】のために倒れることもできず、口の中に血の味が広がる。


「ちっ、これだから女は。何を隠しているかわからんな」


 フレッソが左手人差し指を上に向けると、その意を受けた魔像ガーゴイルが宙に弧を描いて迫った。鉄製の鉤爪かぎづめが炎を映してぎらりと光る。


「ははははは!生意気な女に相応ふさわしい最期をくれてやる!」

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