人の姿をした獣(四)

 薄い雲が空を覆った夜。私は兵舎を抜け出して、夜の巡回に出るアルバール小隊の後を追った。


 カーマイン砦に駐留する軍の中で最も粗暴なのはヤサクだが、この小隊自体にはまた別の問題がある。

 巡回に出た際に亜人種を殺害し、体の一部を切り取って持ち帰っているというのだ。しかもこれは噂などというものではなく、半ば公然と行われている。


 暗闇の中、松明たいまつを持って森を進む一団を追跡するのは、それほど難しいことではない。用心のため黒っぽい服を着て、後方を警戒する兵士に見つからない程度の距離を保つだけだ。




 豊かに波打つ金色の髪が松明たいまつの灯に浮かび上がる。

 小隊長アルバール、彼とは多少の因縁がある。軍学校の一年後輩であり、在学中は卒業記念試合で準決勝を、昨年はカーマイン男爵主催の剣術大会で決勝戦を戦った。


 彼は『俊才』の名に恥じない一流の剣士であり、その洗練された剣術には苦戦を余儀なくされたものだ。

 ただ彼がカーマイン男爵につかえたまでは良いが、亜人種をその手に掛けているとすれば捨て置けない。かつて俊才と呼ばれた男は地に堕ちてしまったのだろうか。




「止まれ。何者か」


 思わず身構えたものだが、その声は私に向けられたものではなかった。

 アルバール小隊の前方から別の一隊が現れ、誰何すいかの声を上げたもののようだ。


「ほう、これは面白い。『あかね色の剣士』ではないか」


「アルバール!この野郎!」


 一瞬たりとも迷うことなく、アルバールに斬りかかった夕陽色の髪の女性剣士。亜人種達が腕利きの傭兵を雇っているとは聞いていたが、それがエアリーだとはさすがに知るよしもなかった。




 敵味方が入り乱れる乱戦。アルバール小隊と亜人種の自警団、それぞれ十数名が松明たいまつを片手に切り結ぶ。

 だが戦闘に向かない種族もいる上に寄せ集めの自警団と、平時から訓練を重ねている兵士とでは勝負にならない。形勢は瞬く間に傾き、人族ヒューメルの兵士が亜人種を追い立てていく。


 私は迷った。魔術をもって亜人種の被害を防ぐべきか、エアリーを助けるか。


「どうした、この程度か?以前の方がましだったのではないか?」


「へらへら笑ってんじゃねえよ、気障きざ野郎」


「見ろ。お前のせいで仲間が可哀想かわいそうなことになっているぞ」


「あたしのせいにすんなよ。ひどいことしてんのはお前らだろうが!」


 エアリーの大剣とアルバールの長剣が夜の中に火花を散らし、絡み合い、離れてはまた交差する。

 にわかに優劣はつかないが、半年前の剣術大会でエアリーはアルバールに為すすべなく敗れている。仲間が潰走かいそうする中、このままではエアリーが危ない。


「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片かけら、集いてはしれ。【葉の旋風ワールリーフ】」


「ちいっ、何だこれは!」


 渦巻く風に乗った木の葉が舞い踊り、数瞬だけアルバールの視界を封じる。エアリーもこの機に乗じて決着を急ぐような真似はせず、森の向こうに姿を消した。




 暗闇の中で安堵あんどの息をつく。


 アルバールを仕留めることを目的とするなら、もっと有効な魔術はあった。

根の束縛ルートバインド】であれば完全に動きを封じられたかもしれないし、【光の矢ライトアロー】などの破壊魔術が命中すれば浅からぬ傷を負わせられただろう。


 だが今回の任務の性質上、できるだけ魔術師の存在を疑われるような行動は避けたい。まずはエアリーを助けられたことで良しとしなければ。




 だがアルバール隊の兵士達は、ことほかしつこかった。手傷を負った亜人種をどこまでも追っていく。


 その後を追いすがって【葉の旋風ワールリーフ】で視界を奪い、【旋風ワールウィンド】で松明たいまつの火を吹き消し、幾人かの亜人種を逃がしたが、やはり全員を助けることはできなかった。


「ちっ、ガキ一匹かよ。しけてやがる」


 地面をあけに染めて倒れ伏す翼人族ハルピュイア、その前に立つ肩幅の広い影はヤサクだろう。他にも松明たいまつを持った兵士が三人いる。

 彼らは短刀で翼人族ハルピュイアの翼をその背から切り離し、無造作に持ち去った。


 私は十分にその気配が遠のいたのを確認して、その翼人族ハルピュイアに近づいた。

 個体によって様々な姿の翼人族ハルピュイアだが、この子は鉤爪かぎづめのついた手足以外は人族ヒューメルに近い姿をしている。


 その胸に手を当ててみたが、やはり既に事切れている。せめて埋葬まいそうしてあげようと土の精霊に命じようとしたとき。




「……ユイちゃん?どうしてこんな所にいるの?何をしているの……?」


 その声を聞いて、私の頭の中は懐かしさで一杯になった。


 街で買い食いをして、夜祭よまつりを見て、門限ぎりぎりに女子寮に駆け込んで、お風呂で水の魔術をかけ合って……


 共に過ごしたあの日々が鮮明に浮かんでくる。

 ハーフエルフの魔術師プラタレーナ、私の大切な友達。




 でも今、私の足元には、無残に翼をもがれた翼人族ハルピュイア亡骸なきがらが転がっている。

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