人の姿をした獣(五)

 広大な森をその領域とする亜人種自治区。

 旧友の声が殊更ことさら冷たく聞こえるのは、微かに届く青白い月明りのせいだろうか。


「……ユイちゃんだよね。その髪は何?その子はどうしたの?」


「これは……」


 後ろ暗いところはない。髪型も髪色も服装も変えているのは潜入調査のためだし、足元に横たわる翼人族ハルピュイア亡骸なきがらはもちろん私があやめたものではない。

 それを伝えようと口を開いたのだが、プラたん、旧友の魔術師プラタレーナは、彼女らしくもなくそれをさえぎった。


「……その子、あの時の子」


 言われてようやく気が付いた。以前この森で鷲獅子グリフォンに襲われていたところを、私とプラたんの二人で助けた子だ。


「……学校で、言葉、覚えたのに。少しだけ計算もできるようなったのに」


 そうだ。私があの村を発つ日、この子は学校にいた。まだ怪我がえぬ身で、皆と一緒の歌を覚えようと必死になっていた。


「……なんで?どうしてこんな事するの?人族ヒューメルって、どうしてこうなの?」


「違うよ!プラたんも知ってるよね、私もラミカもこんな事しない!」


「……じゃあ、答えて。どうしてこんな所にいるの?何をしていたの?」


「それは潜入調査で……」


 だが。私の言い訳を許さないかのように複数の気配が近づいてきた。


 今、砦の兵士達に見つかるわけにはいかない。髪色などを変えていても、アルバールに近くで見られれば私だと知られてしまうかもしれない。そうなれば彼らの悪行をただす機会を失ってしまう。


「私を信じて!人族ヒューメルがみんなこうじゃないって、必ず証明するから!」




 私が砦に戻ったのは夜が明ける直前。


色彩球カラーボール】を足場にして城壁を乗り越え、【開錠アンロック】で裏口の鍵を開けて兵舎の中へ。足音を消して静かに扉を開けたつもりだったのだが、大部屋で雑魚寝ざこねしていたベラさんにはすぐ気づかれてしまった。


「アイシャ!あんた、戻ってきちまったのかい!」


「え!?あっ、その……」


 その声に、寝ていた雑用係の方々が次々と目を覚ます。まだ夜も明けきらぬ時刻だというのに。


「あーあ、何だって戻ってきちゃうかね。せっかくみんな気付かないふりしてたのに」


「まったくさ。あんたみたいな良い子ちゃん、他にできる事あるでしょうに」


「でも良かったよ、無事でさ。とにかく生きていればいい事もあるよ」


 寄ってたかって頭をでられ手を握られ、最後にはエルフリーデが小さな体で抱きついてきた。


「アイシャなの?また会えて嬉しいよ。でもね、アイシャが遠くで幸せになってくれた方が、私は嬉しいな」




 口では様々なことを言いつつも目の端に涙を浮かべる皆に囲まれて、私は色々な意味で反省した。


 誰にも気づかれずに抜け出したと思っていたのに。個人の感情を排して任務を遂行すべきなのに。これでは密偵失格だ。

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