ジュノン魔術学校(二)

 学園都市ジュノン、その中心部にある王立魔術学校。


 図書室の入口でルカちゃんと別れ、以降は校長先生の案内で中へ。学生達の好奇の視線を無視して奥へ奥へと進み、厳重に閉じられた鉄扉に学長が手を触れると、音もなくそれは開いた。


 狭くて冷たい部屋だ。五歩も歩けば突き当たってしまう部屋の壁一面に書棚が置かれ、多くの書物が安置されている。【転生リーンカネーション】、【蘇生リザレクション】、【人形兵ペルチェ】、いずれも世界中で禁忌とされている魔術の資料だ。




 私がこれらの書物を閲覧えつらんすることができるのは、騎士階級たる巡見士ルティアであり事前に国の許可を得ているからだ。一般には禁術に関する資料を収集・閲覧えつらんすることは、それだけで処罰の対象となる。


「【人形兵ペルチェ】の魔術に関する書棚はこちらです」


「ありがとうございます」


 校長先生は穏やかそうな老齢の女性で、丸々とした顔に丸眼鏡、丸々とした体形。もしラミカが歳を取ればこうなるような気がする。彼女が望めば魔術学校の校長などという未来も無いことはないが、面倒くさがりの本人は嫌がることだろう。


「しかし驚きました、人形兵ペルチェを扱う者がいるとは」


「はい。私も軍学校の授業で習っただけで、まさか戦うことになるとは思いませんでした」


人形兵ペルチェは生きている人の魂を木人形に移す術です。もちろん貴女あなたにも、人形兵ペルチェの製法や儀式についてお教えすることはできませんよ?」


「承知しております」




 私が人形兵ペルチェの資料閲覧を求めたのは、敵を知り対抗する手段を得るためだ。その知識は今後のフレッソとの戦いに必ず必要になる。


 校長先生と向かい合わせの席に着き、書物を傷めないよう気をつけてページをめくる。人に見られているのは少々落ち着かないが仕方ない、いくつかの資料と質問から得られた人形兵ペルチェに関する情報は以下の通りだった。




『人間大の木人形に人族ヒューメルまたは亜人種の魂を封じている』


『生きている者から木人形に魂を移すには儀式を必要とする。当然ながらその者は死亡する』


『容姿は封じられた者に酷似し、能力は劣化するもののそれに準じる』


『術者は距離に関係なく人形兵ペルチェの五感を共有し、操作できる』


人形兵ペルチェを同時に複数所有することもできるが、五感を共有・操作できるのはそのうちの一体のみ』




 特に注意すべきは四点目、『術者は距離に関係なく人形兵ペルチェの五感を共有し、操作できる』という点だ。


 あの日フレッソが都合良く現れたのは、人形兵ペルチェを通して私達の行動を把握していたからだろう。【風の声ウィンドボイス】の応用技術や人形兵ペルチェを操ってリゼルちゃんやリースを監視し、彼女らの動向を見聞きしていればそれが可能だ。あの男のやりそうな事だ、全くもって嫌らしい。


「貴重な資料、ありがとうございました。おかげで対策が立てられそうです」


「それは結構でした。他にご質問などはございませんか?」


 私は少し考えてから、人形兵ペルチェとは直接関係の無い質問をしてみた。




「これは興味本位なのですが……【転生リーンカネーション】についてです。実際のところ、近年で【転生リーンカネーション】の術をこころみた者はいますか?」


「わかりません。いたとしても公表はできないでしょう」


「【転生リーンカネーション】の失敗例には、どのようなものがありますか?」


「術者が消滅し行方不明、動植物に転生した、奇怪な生物に姿を変えた、儀式にたずさわった魔術師全員が死亡……といったところでしょうか」


 フレッソは以前、【転生リーンカネーション】という言葉を口にした。その対象者は理想の容姿を得る、多くの者は美貌びぼうの異性となる、私がそれに違いないと。


 彼や私がこの世界に生を受けたのは、【転生リーンカネーション】の魔術が原因なのだろうか。少なくともフレッソはそう考えているようだ……いずれにしても結論など出ようもないし、あまり時間の猶予ゆうよも無い。私は校長先生にお礼を言って、書庫を後にした。




「ユイさん、もう行っちゃうんですか?」


「うん。本当は食事でもご一緒したかったんだけどね」


 ルカちゃんは名残なごり惜しそうに両手で私の手をつかんだものだが、こればかりは仕方ない。すぐに次の任地に移動しなければならないし、できればそれも早く済ませて王都に戻りたい。あのフレッソがどう動くかわからず、リゼルちゃんとリースが心配だから。




 ルカちゃんと一緒に螺旋らせん階段を見上げると、吹き抜けの上からこちらを覗き込む白金色の頭が見えた。


「エリューゼ、頑張ってね。また来るから!」


 私の声に驚いたように白金色の頭が引っ込んだ。

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