ジュノン魔術学校(一)

 ジュノン市。学園都市と呼ばれるこの町は、軍学校、農学校、薬学校、様々な職人を育てる職業学校、魔術や薬学の研究所など、様々な教育・研究機関が軒を連ねている。そのため住民も若者が多く、夜でも灯りと喧騒が絶えることがない。そのような都会の魅力にりつかれ、学業をおろそかにしてしまう若者も少なくないという。


 私が再びこの町を訪れたのは、母校である軍学校に立ち寄るためではない。数々の由緒ゆいしょある建物の中でも一段と歴史を感じさせる石造りの建造物、王立魔術学校。ここでなければ調べられない事があるのだ。




巡見士ルティアユイ・レックハルトです。入館の許可を願います」


 濃緑色の士官服に銀製の身分証明プレート、さらには事前に連絡を入れておいたおかげで簡単に許可が下りたが、本来であれば一般人はおろか騎士階級でも自由に出入りすることはできない。エルトリア王国における魔術研究の中核であり、貴重な魔装具や書物、魔術に使用する素材などを保管している施設でもあるから。


 黒塗りの鉄柵が誰の手も借りずに開き、中に足を踏み入れると勝手に閉まった。さすがは魔術学校というところだが、たったこれだけの事に惜しげもなく魔術を使うなど少々やりすぎにも感じてしまう。


 ともあれ、吹き抜けの玄関広間ホールから校舎の中を見渡した。古い石造りの建物の内部は螺旋らせん階段、渡り廊下、昇降装置、それらが複雑に絡み合ってどこがどう繋がっているのかわからない。事前に案内をお願いしておいて良かった、と安堵あんどした。


「ユイさん!」


 魔術師用の黒い外套ローブに同色のとんがり帽子、金色の髪と鮮やかな海色の瞳が印象的な少女が、手を振りつつ螺旋らせん階段を駆け下りてくる。


「ルカちゃん、久しぶり。案内を引き受けてくれてありがとう」




 三年余り前、アカイア冒険者ギルドで知り合った頃のこの子は希望を失い、曇りきった顔に濁った目をしていた。それがどうだろう、この生気に満ちた表情に律動的な歩み。まるで失った時間を取り戻すかのように生の輝きに満ちている、私との出会いがそのきっかけになったなら嬉しく思う。


「レナータさんから聞いたよ、魔術学校に入ったなんて。頑張ったんだね」


「はい。私もユイさんみたいになりたいと思って、必死に勉強しました」


「学園生活はどう?楽しんでる?」


「はい!でも授業が難しくて、ついていくのがやっとです」


「そっか、楽しそうで安心したよ。ところでエリューゼって同期生がいるはずだよね、彼女はどう?元気でやってる?」


「えっと、元気は元気なんですけど……あっ」


 私から目をそらしたルカちゃんは、螺旋らせん階段の上に誰かを見つけたようだ。白金色の髪の少女が薄い水色の瞳をこちらに向けている、だがすぐ隠れるように身をひるがえしてしまった。


「今の、エリューゼだったよね?」


「はい。あの子は優秀なんですけど……あ、ここです」




 いくつかの階段と廊下と扉を通ってたどり着いた第三応接室。おそらく一人では迷ってしまいたどり着けなかっただろう、もはや帰り道すらわからない。


 ルカちゃんが陶器のカップを二つ運んできた。すぐに温かい珈琲コーヒーが出されるあたり軍学校よりも動力供給が充実している、さすがは魔術学校といったところか。ただし調度品や客椅子ソファに描かれた紋様は色彩豊かな上に複雑すぎて目に優しくない。


「エリューゼは才能は一番なんですけど、その、授業態度が悪かったり言葉遣いが良くなかったりして……」


「そっか。いじめられてたりしないかな」


「それは無いと思います。なにしろ魔術の才能が抜群で、彼女に手出しできる人がいないくらいですから」


「それはそれで困るね……エリューゼのこと、お願いしていいかな。ルカちゃんも自分の勉強で大変だと思うけど」


「わかりました。ユイさんの頼みなら」


 エリューゼは王都の貧民街で出会った魔術師の卵、それも特別な才能を秘めた黄金の卵だ。


 彼女にもルカちゃんと同じように何度も手紙を書いたのだが、一度も返事が返ってくることはなかった。友達はできただろうか、その才能を引き出す出会いはあっただろうか。なかなか私も会いに来ることはできないけれど、様々な悪意に負けず世のため人のためにその力を使える魔術師になってほしい、そう願わずにはいられない。


「実は私ね、ここに調べ物をしに来たんだ。図書室に案内してくれるかな」


「はい、もちろん。何を調べるんですか?」


人形兵ペルチェ


「えええっ!?」




 世界中で禁忌とされている魔術の名を、私は口にした。

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