フルート市防衛戦(二)

 屍山血河しざんけつがという言葉がある。私が今見ている光景がそうだ。


 王都フルートの正門から中心部に続く幅の広い道、それが両軍の死体で埋まっている。血でぬめる石畳を踏みしめ、横たわる人に心の中で謝りながら飛び越えて街路を駆け抜ける。


 初めてこの町を訪れたときはさんざん道に迷ったものだが、今日はその心配がない。この赤く濡れた道の先に目的の人物がいるに違いないのだから。




 果たしてその者はいた。豪奢ごうしゃな兜を、繊細な装飾が施された白銀の鎧を、長大な槍斧ハルベルトを朱に染め上げ、一歩ごとに色を塗り重ねていく。五千を数えた兵をもはや数人まで打ち減らされ、矢の雨と破壊魔術を浴びてもなお歩みを止めないその姿は、禍々まがまがしくもどこか哀しく見えた。


 白大理石の噴水が印象的な中央広場。平時であれば市民でにぎわう芝生に死体を積み上げ、母親が水を汲み子供が遊ぶはずの水路を赤黒く変えていく。

 息を弾ませてその前に回り込んだ。敵将が足を止めたのは、私が戦場に似つかわしくない小柄な女性だったからか。


「女、そこを退け」


「そうは参りません」


 耳に届いた声は意外なほど落ち着いていた。これまで積み上げてきた死体の数から野獣のような男を想像していたのだが、この声といい理性的な目といい、暴虐な侵略者という印象とは程遠い。


 ハバキア帝国の将軍、魔人族ウェネフィクスガルバラン。


 ミハエルさんからの情報が正しければ、このエルトリアへの侵攻は魔人族ウェネフィクスが支配する国を建てるためだという。優れた能力ゆえ恐れられ迫害されてきた彼らの悲願が理解できないわけではないが、そのために流された血の量を思えば到底受け入れられるものではない。

 この男の前に立ちはだかるのが私では役者不足だろうが、これ以上エルトリア兵を道連れにさせるわけにもいかない。




「覚悟の上か。ならば良し、二度は言わぬ」


「ガルバラン将軍、それほど魔人族ウェネフィクスの国が欲しいですか?」


「なに?」


冥土めいど土産みやげに聞かせてやろう」などという言葉を期待したわけではない。今さら侵略の理由を聞きたいわけでもない。意外にも紳士的なこの男の人柄に付け込み、非力な女性という立場を利用して時間を稼ぎたいだけだ。ここで足止めしている間にロット君かカミーユ君、腕利きの北部方面軍か親衛隊でも来てくれれば。


「私達は魔人族ウェネフィクスを差別しているつもりはありません。エルトリアには貴方あなた達の権利を保証する法律だってあります」


「ふん、人族ヒューメルに与えられた権利に過ぎん」


 再び歩みを進めようとする敵将の前で両手を広げたが、背中の汗が止まらない。こうして向かい合っているだけで絶望的な実力差を覚えてしまう。


「先ほど魔人族ウェネフィクスの知人と再会しました。傲慢で人族ヒューメルを見下しているはずの彼女が、負傷にもかかわらずリーベ城塞からこの場に駆けつけ、将軍のために身を張りました。私には信じがたいことです、それほどの悲願であればいくさ以外で手を尽くすべきでしょう」


「このに及んで甘えたことを。今さら他の道などあるものか」


「今はその通りです。ですが今後、人族ヒューメル魔人族ウェネフィクスが手をたずさえる未来もあるはずです。それを貴方あなたに伝えたく思いました」


 夕闇迫る中央広場に生温なまぬるい風が吹き抜けた。もはや周囲に帝国兵の姿は無く、エルトリア兵が遠巻きに私達を見守るのみ。夢破れた敵将が薄桃色に染まる空を見上げた。


さかしいな、娘。名は?」


「エルトリア王国巡見士ルティア、ユイ・レックハルト」


「ガルバランだ。魔人将の首、見事げてみせよ」




 せっかくのお言葉だけれど、それは無理というものだ。

 功名心に駆られて実力差を見誤るほど愚かではない、これほどの屍山血河しざんけつがを成す敵将に私などが勝てるわけがない。ロット君かカミーユ君はまだだろうか……

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