フルート市防衛戦(三)

 斜め上から長大な槍斧ハルベルトが落ちてくる。横に跳んでかわしたが、砕かれた石畳の破片が顔にまで飛んできた。

 地を穿うがった槍斧ハルベルトを引き戻すこともせず、そのまま踏み込んでの横薙ぎが来た。反転しつつ後ろに跳んで空を斬らせるのが精一杯だ。反撃の隙などありはしない。


 金属製の全身鎧を着込み、私の身長の二倍はあろうかという槍斧ハルベルトを振り回すとはそれだけでも信じ難い。加えて空振りしても姿勢を崩さない力と技術、軽装で敏捷性に優れるはずの私に劣らないこの速度。この男は魔人族ウェネフィクスゆえの身体能力のみにとどまらず、練達の槍斧術で戦場にしかばねの山を積み上げてきたのだ。私などでは万に一つも勝ち目はない。




 十分に間合いを取り、左手を天にかざした。先程から気になっていたことがある。


「母なる大地の精霊、欠片となりての者を撃て!【石礫ストーンブラスト】!」


 周囲の小石が浮き上がり、振り下ろした左手に応えて飛び去っていく。それはガルバランの全身を叩くはずだったが、不意に巻き起こった風に巻かれてあらぬ方向に飛び散ってしまった。


 やはり。装備品のいずれかに【風の守護ウィンドプロテクション】の魔術が常駐されている、エルトリア軍の矢の雨を浴びてもこの男だけが無傷だったのはそのためだ。


「世にあまねく精霊、我が前にその姿を現せ。【魔力探知ディテクトマジック】」


 鎧の胸に埋め込まれた碧玉エメラルドが淡く緑色に光っている、これが【風の守護ウィンドプロテクション】を常駐させている媒体だ。

 そしてもう一つ、ハバキア帝国の紋章が描かれた黒い外套マント。この周囲だけ不自然なほど精霊の動きを感じない。おそらく強力な【魔術抵抗カウンターマジック】が常駐されているのだろう。




 これは厄介だ。飛び道具が無効化され破壊魔術も減衰されてしまうとすれば、人外の武力を誇るこの男を近接武器でたおさなければならない。彼とて既に無数の手傷を負っているし、生物である以上いつかは限界を迎えるのだろうが、それまでにどれほどの血が流れることか。


巡見士ルティア殿、我々も援護します!」


「あっ、待ってください、やめて!」


 周囲のエルトリア兵の中にも腕に覚えのある者がいたのだろう、功名心こうみょうしんに駆られた者もいたのだろう、若い女性に重責を負わせることを良しとしない者もいたのだろう。次々に槍を繰り出して敵将に挑み、暴風のごとく旋回する槍斧ハルベルトに裂かれて新たな死者の列に加わっていく。


「やめてください!退いてください、私がやります!」


 小柄で華奢きゃしゃな女性という外見が災いしたか、エルトリア兵はむしろ私を護るように壁を作った。戦意を失っていないのは有難いけれど、これでは犠牲者が増えるだけだ。槍斧ハルベルトが二閃しただけで人垣が崩れ、私を押しのけるようにかばったエルトリア兵ともつれ合って地に倒れてしまう。


 そこに空から巨大な槍斧ハルベルトが落ちてくる。にわかに身動きもとれず、不覚にも私は目をつむってしまった。




 甲高かんだかい金属音。石畳を割り砕く重々しい響き。

 どうやらまだ生きている。薄目を開けて私が見上げたものは、帝国の黒い軍装をまとう剣士の背中だった。

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