フルート市防衛戦(四)

 奇妙なことになった。


 夕闇迫るエルトリア王都フルート。赤く色を変えた噴水を前に向かい合う将軍と女性剣士は、同じ意匠の黒い軍装を身にまとっている。

 この王都を侵すのも、最後にそれをはばむのもハバキア帝国人という構図になってしまった。友人としてもエルトリア人としても、これを黙って見ている訳にはいかない。


「いいの?カチュア」


「うん。ここで友達を見捨てたら、一生後悔する」


 簡単に言うようだが、彼女は帝国に属する侯爵家の出自だ。私のような者が国をてるのとは訳が違う。それでも共に戦う道を選んでくれたというなら、こちらもそれに応えなければならない。


「『黒の月アテルフル』か。相手にとって不足は無い」


「友人のため、将軍の名誉のため、ユーロ侯爵家の将カチュアがお相手します」


 ガルバラン将軍が槍斧ハルベルトを上段に、カチュアが細月刀セレーネを正眼に構える。




 こんな事態だというのに不謹慎極まりないが、実のところ私は興味が湧いてしまった。この桁外けたはずれの武力を誇る魔人族ウェネフィクスに対して、果たしてカチュアの技術が通用するのか。私にはこの男がたおれるところも、この親友が敗れるところも想像できなかったから。


 そのとき刃鳴りは起こっただろうか。石畳を蹴る足音はしただろうか。それほど静かな、澄んだ水が流れるような動作だった。打ち下ろしを絶妙な角度で受け流したカチュアが、懐に飛び込み首筋へ一閃。それを受け止め、柄を繰り込んでの反撃を見せたガルバランもまた尋常ではない。


 五十合は撃ち合っただろうか。いや、その表現は正しくないかもしれない。竜巻のように旋回する長大な槍斧ハルベルトを細身の細月刀セレーネで受け止めることなどできず、身をかわすか受け流すしかないのだから。

 私などでは二人の間に割って入ることすらできず、少しでもカチュアを援護しようと背後から牽制するものの、ガルバランは意に介さない。迂闊うかつに踏み込めば一瞬で胴を両断されてしまうことだろう。




 次第に色を濃くする空の下。いつ果てるともない剣戟けんげきの行く末を誰もが見守る中、そこに無造作に割り込む者がいた。複数の足音、風を切る音。放たれた数本の矢が、ガルバランの体に届く直前であらぬ方向に飛び去った。


「射撃中止!駄目だね、魔術に守られているようだ」


「じゃあ俺の出番だな。ユイ、交代だ」


 ようやくカミーユ君とロット君が来てくれた。これで簡単に勝てるとは思わないが、私達三人にカチュアが揃えば何だってできるような気がする。




 激戦を重ねてことごとく兵を失い、異国の地でただ一人残った満身創痍まんしんそうい魔人族ウェネフィクスは、それでも強かった。

 次第に空が暗さを増しても、西の空に星がまたたいてもなお槍斧ハルベルトを振り回し、振り下ろす。その死力はカチュアの技量を上回って黒い鎧に亀裂を入れ、ロット君の力量を上回って地面に片膝をつかせる。私にも残された力は少ないけれど、この二人を失った未来など見たくはない。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ!【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 あとは時機タイミングと度胸の問題。振り下ろされた槍斧ハルベルトが地を叩いた瞬間、限界まで強化された脚力で石畳を蹴って飛び込んだ。




 私に向けて薙ぎ込まれた槍斧ハルベルトが僅かに遅れたのは、横からカチュアが牽制してくれたためと、ロット君がガルバランの腕を斬りつけてくれたため。それでも完全に空を斬らせる余裕はなく、槍斧ハルベルトの柄の部分を刀身で受け止めることになった。

 そのまま振り払われそうになるのを懸命にこらえ、鎧の中央に埋め込まれている宝玉に左手で触れる。


「【衝撃インパクト】!」 


 本来さしたる用途も、詠唱する必要も無い生活用の基礎魔術。宝玉に亀裂が入る感触が確かに伝わってきた。


 これでどうだ、と思う間もなく手甲てっこうで顔を殴り飛ばされ、受け身もとれず石畳に転がる。ロット君とカチュアが二人がかりで受け止めてくれなければ、落ちてきた槍斧ハルベルトで頭から真二つにされていたことだろう。


 起き上がりざま手近の石ころを拾い上げ、敵将に投げつける。それは狙い違わず鎧に当たり跳ね返った。カチュアもロット君も一瞬振り返っただけだが、カミーユ君には伝わっただろう。飛来物から身を護る【風の守護ウィンドプロテクション】が解除されたことが。


「カチュア、ロット君、伏せて!」


弓箭きゅうせん兵、構え!……斉射!」


 カミーユ君の声に応えて数十の矢が紫色の空に向けて放たれる。



人族ヒューメルどもよ、誇るがいい。この魔人将ガルバランをたおしたことを!」



 多くのエルトリア兵をほうむった侵略者であるはずの男は両手を広げ、むしろ私達を矢から護るようにその場に立ち尽くした。





ずいぶんと長いお話になりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございます。

ひとまず目前の危機は去り、親友との決着を見て一段落というところですが、もう少しだけお話は続きます。

残る物語はあと二つ、話数にして三十数話です。どうか最後までお付き合い頂けますようお願い致します。

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