巡見士フェリオ(二)

「お見舞いですよ、村を救った英雄のね。隊長こそ何の御用です?」

「この娘が魔術を使えると聞いて来たのだ。小鬼ゴブリン共の居場所を探ってくれれば昨日のような事はあるまいと思ってな」


 フェリオさんの顔が急に険しくなった。それに合わせて声も厳しいものに変わる。


「民間人、それも怪我をしている子供を戦場に同行させようというおつもりか?」


「いや、その・・・・・・危険な場所に連れて行く訳ではない。ちょっと魔術で奴らを探してくれれば良いのだ」

「魔術というものが術者にどれほどの負担をいるものか、具体的にどのような魔術を使えば良いのか、隊長はご存じか?だいたい村が襲われたのも、この娘がこれほどの怪我をしたのも、我々の不手際が原因でしょう。さらに負担を強いるとはどういう了見りょうけんか」

「あ、いや、無理にとは・・・・・・」

「そもそも・・・・・・」


 フェリオさんが冷静な声で指摘するほどに、隊長はしどろもどろになっていく。


「そもそも、この遠征自体に不透明な部分が多々あります。小鬼ゴブリンなどを相手に正規軍が派遣されるようになった経緯、討伐の方法と人数の決定、経費の流れ。今後さらに調査を進めますゆえ、軍の皆さんは身を正されるがよろしい」


 今更ではあるが、私もいくつか疑問を抱いていた。

 田舎村の小鬼ゴブリン退治に数十名規模の正規軍を派遣するというのはあまりに大仰おおぎょうだ。滞在費や物資の購入費を誰が負担するのかわからないが、かなりのお金が動いているのだろう。


 このカラヤ村からは徒歩一日の距離に大都市アカイアがあり、大規模な冒険者ギルドも存在する。そちらに依頼した方がはるかに安価で済むはずだ。そうしない理由があるのだろうか?

 それに村の近くには小鬼ゴブリンが巣を作れるような洞窟が二つあると聞いたが、そこまでわかっていながら洞窟自体を封鎖しないのは何故だろう?フェリオさんが調査しているというのはそのあたりの事情だろうか。




 隊長はまだ何か言いたげな様子だったが、お供の兵士になだめられつつ出て行った。代わりにというべきかフェリオさんが頭を下げる。


「すまなかったね、怪我をしているというのに騒ぎ立ててしまった」

「いえ・・・・・・助かりました」

「それじゃあ僕も行くよ。ゆっくり休むといい」

「あ、あのっ!」


 なぜ呼び止めたのか、最初は自分でもわからなかった。

 もう少しこの人とお話ししたいと思った、会えなくなることが寂しいと思った。正直なところそれもあるが、あこがれとかそういう次元ではなく、もっとこう・・・・・・大きな希望のようなものを感じたのだ。


巡見士ルティアになるには、どうすれば良いですか?」

巡見士ルティアに?」

「はい」


 私の口から出てきたのは、自分でもまとまっていない考えだった。

 思えば私はずっと逃げてきた。虐待を繰り返す両親から逃げ、その手から救ってくれた冒険者ギルドを逃げ出し、理不尽な暴力から逃げ回ってこの村に辿たどり着いた。

 いや、もしかしたらもっと前からだったかもしれない。前世の「俺」も折り合いの悪い両親と距離を置いていたし、最期が自死ならば自分の人生から逃げたとも言える。


 自分に足りないもの、欲しいものは。

 不公正な社会を正す力、理不尽な暴力に立ち向かう力、弱き者を守るための力。

 目の前の人には、たぶんそれがある。私もそうなりたい、そんな思いだ。




「わかった、少しお話しようか。体は大丈夫かい?」

「はい!」


 フェリオさんがもう一度椅子に座り直した。

 嬉しい。もう少しこの人とお話ができる・・・・・・ではなかった、私の将来について大事なお話が聞ける。

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