夏合宿(二)
夏合宿初日。午後からはカチュアの指導の下で演武、藁束(わらたば)を使っての打ち込み。
演武など儀式的なものだと思っていたけれど、カチュアのそれは澄んだ水が低きに流れるように自然で清らかで、ロット君も私も口を半開きにして見入ってしまった。
初めて出会った時にも思ったものだが、人を傷つけ命を奪うための技がこれほど美しいとはどういう訳なのだろう。困難な道を
「・・・・・・こんな感じかな。ユイちゃんもやってみる?」
「え、あ、うん」
カチュアの体捌きが清流だとすれば、私の動きなど
「ロット君、笑っちゃ駄目だよ」
「悪い悪い。こいつが不格好なところを見せるなんて、なかなか無いからさ」
「格好悪いことくらい自分でもわかるよ。次はロット君の番だからね?」
「お?俺もやってみるか?」
だが。余裕ありげに挑戦したロット君もやはり似たような有様でお尻を突き出し足をもつれさせ、今度は声を押し殺して笑う私が二人に注意されることになる。
さらにロット君と私が二人で行った演武に至っては混沌の極みに達し、手順を間違ったロット君が私の木剣を脳天に受けて、必死に笑いをこらえたカチュアが腹痛を起こすという結果に終わってしまった。
短い休憩を挟んで、夕刻からは三人での勝ち抜き戦。
一対一の対戦で勝った者が残り、負けた者が待機に回るため、勝ち続ける限り休みなく戦い続けることになってしまう。
「次は私だよ、カチュア!」
「・・・・・・っ、来い!」
正面からの
だが。
そればかりかカチュアは迷いなく剣を手放し、私の手首を
何の前触れもなく視界が一回転する。軽々と担ぎ上げられ草の上に組み伏せられたと理解したのは、自分が
「嘘でしょ?何なのこの強さ・・・・・・」
「ふう、さすがにもう駄目かと思ったよ」
限界近くまで疲労したカチュアを完璧に追い詰めたというのに、こんな奇術のような技で逃れられるとは思ってもみなかった。一体何をどうすればこの
ただ彼女が言うには、子供の頃の剣術試合で何度か負けたことがあるという。この日も二十一戦目でとうとうロット君に敗れ、常勝ではあっても無敗でないことが証明されたのが救いだった。
紫色の空にいくつかの星が瞬く中、最後にみんなで敷地を一周と軽く走り始めたまでは良かったのだが、やはり最後はカチュアと競り合って倒れ込んだ拍子に膝を擦りむき、「お前らいい加減にしろよ」とロット君に呆れられてしまった。
限界まで体を使ったというのに、お
疲労のせいで胃が食べ物を受け付けないのだろう。パンをスープに浸して必死に流し込み、何とか食べられそうな温野菜のサラダと果物ジュースを少しずつ口に入れる。
「辛くても食べなきゃ駄目だよ。明日動けなくなっちゃうから」
カチュアの言葉は一見厳しいが、それは私の体を気遣ってのことだと理解している。夏合宿はあと九日間もあるのだ、無理にでも食事を摂らなければ途中で動けなくなってしまう。
「これくらいの訓練なら、カチュアは何ともないの?」
「ちょっと辛いけど、何とかなりそうかな」
ちょっと辛い、という言葉に少し
「じゃあ、次は地下の訓練場で」
「うん。少し休んだら行くよ」
一抱えほどもある巨大な石英の結晶、私の背丈ほどもある砂時計、人間がすっぽり入れるほどの透明な箱。地下にある二つの訓練施設のうち、こちらは魔術の訓練に特化した施設だ。
二十歩四方もある薄暗い部屋に人影が一つ。先に来ていたカチュアが懸命に石英の大結晶に手をかざしているが、彼女が望む変化は表れないようだ。首を傾げ、さらに力を込めて念じても一向にその変化は訪れない。
「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【
横から手を伸ばした私が詠唱とともに手をかざすと、大結晶がぼんやりと白い光を発して部屋が明るくなった。
「どうして?何が違うんだろ?」
カチュアが不満げに口を
「すぐに出来るものでもないよ。まずは基礎練習から始めよう」
魔術の才能がある者は千人に一人と言われているし、その訓練は成果が目に見えるようになるまで非常に長い時間を要する。簡単な生活用の基礎魔術が使える程度の者でさえ
「精霊は見るんじゃなくて、感じるものなんだ。私が箱の中の精霊を操作するから、なんとなく動きを感じてみて」
「見えないからって精霊の存在を疑っちゃ駄目だよ。見えないだけで、確かにそこにあるものだから」
「箱に手を入れてみて。火の精霊を集めたから少し温かくなってきたのがわかる?」
これらの説明は授業や魔術書の受け売りばかりだし、カチュアがよく理解できていないのも伝わってくるけれど、それでも懸命に言葉を探す。
わかっているのだ、この合宿がほとんど私のためであることが。既に
今日の夜空には紫色と銀色、二つの月が浮かんでいるはずだ。『
もう駄目だ、もう動けない。そう
紫色の月明かりが照らす部屋の中央に黒い人影がある。それも天井から吊るされている!?
慌てて入口の水晶球に手を触れると、十歩四方の狭い部屋に白い光が満ちた。不審な人影の正体が明らかになると、私は下品にも舌打ちしそうになってしまった。
「ラミカめ・・・・・・」
部屋の中央に吊るされていたのは、彼女が愛用している牛の着ぐるみだった。それも洗濯した後の絞り方が甘かったのか、ぽたぽたと水滴が落ちて床に水たまりができている。
文句を言おうにも彼女は夏休みで帰省中だ。もはや着ぐるみを絞る手間も二段ベッドの上に
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