行政官フレッソ・カーシュナー(四)

 リゼルちゃんとの話が終わり、リースの部屋に場所を移して。

 私はリースに事情を話すことにした。実はここを訪れたのは巡見士ルティアとしての仕事のためであり、リゼルちゃんと恋仲であるフレッソを危険視していると。




「黙っていてごめん、事情を知ったらかえってリースが危険になるかと思って」


「ううん。私は演技とかそういうのできないから」


 リースに一通りの事情を打ち明ける。フレッソがリゼルちゃんをたぶらかして『女神の涙』という宝玉を受け取ったこと、フレッソの不自然な立身はその宝玉の力のせいではないかと疑っていること。


「その……フレッソ?っていう人はどんな感じなの?」


「リースは見たことない?軍学校の一年先輩なんだけど。細身の赤毛で、かなり綺麗な人だよ。でもそれは表面だけだから気を付けた方がいい」


「わかった。気を付ける」




 他にもいくつか情報を交換し、別れの挨拶とともに立ち上がった時。

 またしても言い知れぬ違和感を覚えた。巡見士ルティアとして経験を積み、何度も死線をくぐった者の勘としか言いようがない感覚。


 不意に動きを止めた私をいぶかしむリース、それを手で制して詠唱。


「世にあまねく精霊、我が前にその姿を現せ。【魔力感知センスマジック】」


魔力探知センスマジック】は、魔術がほどこされた品を探すための魔術。せ物探しや迷宮の探索に使われることが多いが、今この場合は。


 これだ、備え付けの化粧台に嵌め込まれている水晶球。その周囲に風の精霊がまとわりつくようにただよっている、おそらく【風の声ウインドボイス】の魔術が常駐されているのだろう。

 私は無言でペンを取り出し、掌の上に走らせた。


『この部屋が盗聴されてる』


 リースの顔が強張こわばる。それはそうだ、自分の部屋の物音や会話が誰かに聞かれていたなど気味が悪いにも程がある。


 こんな事をするのはフレッソ・カーシュナー、あの男しかいない。

 しかし【風の声ウインドボイス】で音を届けられるのは五百歩程度まで、彼自身が発案した『【風の声ウインドボイス】中継点の設置による音声伝達距離の延長』を使ったとしても限界がある。常にあの男の元にこの部屋の音を届けることなどできないはずだ。


 近くにこの会話を聞いていた者がいる。それもおそらくこの部屋だけではない、城じゅうのあらゆる場所に仕掛けられているのではないか。




 部屋を出て小声でリースに告げる。


「リース、ここは危険だよ。すぐにでも城を出た方がいい」


「でも……当主様もリゼル様もいるもの。二人を置いてなんて行けない」


「それはそうだけど……」




 再び不審な気配に視線を走らせる。その先にはまたあの陰気そうな使用人が立っていた。


「……お帰りでございますか?」


 無言で頷き、案内に従って城の外へ。リースとリゼルちゃんが心配だけれど、今の私にこれ以上のことはできない。




 もどかしく立ち去った私は後日、若年で領地経営が難しいリゼルちゃんを補佐する者が王国から派遣されたと聞くことになる。

 その名前は……行政官プロクラトルフレッソ・カーシュナー。




 ◆

(5/13追記)この回を含む章前半部分を修正しました。

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