行政官フレッソ・カーシュナー(三)
翌朝になってようやく私は仕事を始めた。私は旧交を温めるだけのためにここを訪れたのではない、エルトリア王国の
リゼルちゃんは昨日の疲れが出たのか、ようやく起き出したところだった。最初は寝起きの悪さを隠そうともしない様子だったが、恋仲だという魔術師フレッソの後輩だと明かすとすっかり機嫌を直して表情が明るくなった。薄暗い城の中で彼女の周りだけ光が差したようだ。
「フレッソ先輩は学生時代から女生徒に人気がありました。あの通りの容姿で、爽やかな方ですから無理もありません」
「そうでしょそうでしょ!それに優しくて何でも知ってて、女心がわかるっていうか、とにかく格好いいのよ!」
彼の美貌は否定しない。メルケ村が目覚ましい発展を遂げたのは知識があり能力的にも優秀だからだ。女心を理解できるのは彼の前世が女性だから……というのは私の推測だが。
「彼とは結婚するのですか?」
「け、けけけ結婚!?それはその、そういう話があれば、考えなくもないけど……」
動揺すると猫のように大きな瞳がせわしなく動く。エルトリア王国において十五歳は成人として認められ、結婚その他の権利を与えられるが、実際にはまだ心身ともに幼さが残る年齢だ。それにこの子は体も小さく顔立ちも幼く、とても成熟しているとは言い
「そうなのですか?家宝の『女神の涙』を渡したと聞きましたので、婚約を済ませたと思い込んでおりました」
「え、ええ。彼ってばすごいのよ、自分に足りないのは運だけだ、運さえあれば!って言うから『女神の涙』を渡したら、本当にすぐ
「そうでしょう、優秀な方ですから。きっとリゼル様に
「そうよね!
「はい。そうなれば亡きご両親もお喜びでしょう」
「うん、まあ、お父様とお母様は反対してたけどね」
「それはご身分の違いから?」
「えーと、それもあるけど、他にもちょっとね」
「そうでしたか。『女神の涙』をフレッソ先輩に渡したのはいつ頃ですか?」
「え?ほんとについこの前、五十日くらい前だと思うけど。それがどうかした?」
「いえ、興味本位で
やはり幸運を呼ぶという『女神の涙』なる宝玉は実在し、フレッソの手に渡ったようだ。彼の出世がその力によるものかどうかは不明だが、そうだとすればミオさんが言っていたように警戒すべきだろう。
ただ、『女神の涙』とやらの効果は限定的に思える。リゼルちゃんのご両親は昨年のうちに亡くなっていたというから、その頃には『女神の涙』はまだ彼女が所有していたはずなのに不運が訪れたことになる。何もかもが上手くいくという訳でもないのだろう、であれば過度に恐れる必要もないのではないか……
その時、唐突に背後に気配を感じた。
それ自体は特におかしくはない、私達の他に使用人の方もいるのだから。だが私が思わず振り返ったのは、その気配が殺気に近いものだったからだ。
果たして応接室の入口には、昨日出迎えてくれた陰気そうな中年女性が立っていた。
「……お紅茶をお持ちしました」
女性は人数分の紅茶を置いてすぐに立ち去った。
その所作に違和感は覚えない。だが私は、その姿が消えてもしばらく周囲の気配を探っていた。
このような
◆
(5/13追記)この回を含む章前半部分を修正しました。
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