卒業記念試合(一)

 軍学校の二階にある多目的室、私達魔術科二年生による卒業制作の品々が展示されている。


『【加熱ヒート】による温度調節機能カップ』

『【浮遊レビテーション】常駐の下着による重力からの解放』

『【加熱ヒート】常駐により布地全体が発熱する膝掛け』


 それぞれプラたん、ラミカ、私の作品。プラたんの作品は猫をかたどった可愛らしいカップで、丁寧な造形に加えて、目の部分にめ込まれた猫目石の光量で中身の温度がわかるという機能も評価が高いようだ。


 ラミカはいつも悩んでいたであろう、大きすぎる胸の重さを軽減する下着を開発した。ただ出力の調節は相変わらず苦手なようで、試作品は体ごと宙に浮かんだりして大変だった。


 私は冷え性と肩凝りに悩むお母さんのために、肩や膝に掛ける編み物を作った。希少な一角羊から採れた毛糸を媒体として混ぜ込んであるため、全体がほんのり温かくなるという仕掛けだ。




 魔術科二年生は今日で全ての授業を終える。そのためかほとんどの生徒が開放感に満ちた顔をしているのだが、私だけが例外だった。


「ユイさん、そろそろ試合が始まるよ」

「わかった。今行くね」


 迎えに来てくれたカミーユ君と一緒に渡り廊下を歩き、吹き抜けの屋内競技場に向かう。

 今日から四日間、剣術科の全生徒が出場する卒業記念試合が行われる。私は魔術科の生徒として史上初めてそれに出場するのだ。


 これはあくまで記念試合であり成績には加味されないこと、カチュアが私の実力を保証してくれたことが後押しとなって実現したものだ。その結果にかかわらず、嫌でも興味を引いてしまうことだろう。


 絶え間なく生徒が行き交う競技場前の廊下に運営係の机があり、その後ろに対戦表が貼り出されている。

 一年生一〇二名、二年生八十九名に加えて魔術科二年生一名。総勢一九二名の対戦表は壮観だ。一番左上に名を記されているカチュアと剣を交えるには、徐々に強くなる相手に七連勝を飾らなければならない。


「カミーユ君の出番はまだ?」

「もう終わったよ」

「あっさり?」

「そう。あっさり負けた」

「相変わらずだね・・・・・・」


 参謀志望のカミーユ君はもともと剣術に興味が薄かったが、戦術を競う『模擬戦シミュレート』という競技で昨年優勝を飾ったことで完全に剣をててしまったようだ。頭脳だけで卒業できる算段がついたのだろう。


「おう、そろそろ出番だろ?調子はどうよ?」

「やる事は全部やったよ。あとはぶつかるだけ」

「ほんといい度胸してるよな、お前」

「どうかな、会場に入ったら足が震えるかも。去年のロット君みたいに」


 試合前にロット君と話すことができて、少し緊張がほぐれた。たまに調子に乗ってしまうところはあるけれど、優しくて強くて、いつでも本当の兄妹のように接してくれる。彼がいてくれたおかげで二年間の学園生活も不安はなかった。


「二年生ユイ・レックハルトさん、一年生アイン・フェブラ君、第一試合場に入ってください」

「はい!」


 運営係に氏名を告げ、振り返ってロット君と軽く拳を合わせた。


「行ってくるね。ロット君もがんばって」

「おう。俺と当たるまで負けんじゃねえぞ」


 次いでカミーユ君と掌を合わせる。


「見ててね、カミーユ君」

「うん。決勝でカチュアが待ってるよ」


 わざわざ見に来てくれたリースと指を絡める。


「リース!来てくれたんだ」

「うん。ユイちゃんなら勝てるって信じてる」


 最後にユッカペッカ君が待っていた。


「ユッカ君、がんばろうね」

「うむ」


 なんだか今、自然にユッカペッカ君が混じっていたような気がする。私はそんなに彼と親しかっただろうか。




 吹き抜けの屋内競技場、砂岩の床に長方形の線が四組描かれている。昨年は二階の観覧席から見下ろしたものだが、こうして立ってみると広さと高さに圧倒される。観客全員が自分を見ているような錯覚に陥ってしまう。


 開始線に立ち、鞘から模擬剣を抜き放つ。標準の品よりもかなり細く軽い、愛用の細月刀セレーネに近いものを選んだ。

 緊張はしているが震えはない、怖さもない。なにしろ私は食人鬼オーガー魔人族ウェネフィクスとの死闘さえ経験しているし、この二年間は達人エスペルトと名高いカチュアと共に研鑽けんさんを積んだ。大事な一戦とはいえ試合で恐怖を覚えるわけがない。


「両者構えて・・・・・・始め!」


 開始と同時。アイン君という名前だったか、それなりにたくましい一年生の子が逆袈裟さかげさに斬り下ろしてきた。だが動きが遅いし単純だ、構えだけで打ち込みがどこに来るのかわかってしまう。


 私が女性で魔術師とあって少し手加減しているのだろうか。気持ちはわからなくもないが、こうして剣を手に向かい合っても相手の実力が測れないとは未熟と言わざるを得ない。


 ただ一合。剣を立てて受け流し、擦れ違いざまに剣の平で相手の脇腹に触れる。


「それまで!」


 何が起きたのかわからない様子の一年生を横目に、私は観覧席を見上げた。


 探すまでもない。ざわめきが広がる二階から、黒髪黒目の親友が私を見下ろしている。

 彼女と同じ場所に立つまで、あと三日。

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