女神の塔(八)

 真夜中の地下牢、向かいの部屋からは安らかな寝息が聞こえてくる。リラちゃんは温かい夕食をたっぷり食べて眠りについたようだ。




 何の前触れも無く壁に大穴が開いた。

 いや、気づいてはいた。大地の精霊が盛大に渦を巻きつつ近づいてきていたから。


「よー」


穿孔パルファレイト】の魔術で必要以上の大穴を空けて現れたのはラミカ。指輪に掛けられた【位置特定ロケーション】の魔術で私の位置が分かるのは承知しているが、一体どこからこんな大穴を掘ってきたのか。他に方法を考えつかなかったのだろうか。


「……助けに来てくれるのはいいんだけどさ、もう少し静かにできない?」


「いいじゃん、細かいことは」




 ともかく【開錠アンロック】で手枷てかせと鉄格子の鍵を外し、あっさりと牢から出ることができた。廊下に備え付けの収納棚を開け、無造作に放り込まれていた細月刀セレーネを腰に提げる。


「……警戒が緩すぎる」


「どうしたのー?」


「ううん。なんでもない」


 あのエリューゼがいるというのに、地下牢にしても鍵にしても魔術師への対策が全く施されていない。壁が板張りであれば【穿孔パルファレイト】での侵入を防ぐことができるし、鍵に【封印シール】の魔術を掛けてあれば余程の魔力の持ち主でなければ解除することはできない。

 おまけに見張りどころか巡回もほとんど無く、奪われた細月刀セレーネさえ無造作に棚に放り込まれていた。まるで逃げても構わないと言われているかのようだ。


 ……余裕か。私は下品にも舌打ちしそうになった。


 ミオさんはおそらく私を閉じ込めておくつもりはなかったのだろう。彼女は勝負を持ち掛けた際、「わからせてあげたくなっちゃう」と言っていた。エリューゼと同じように私を篭絡ろうらくするつもりか、何度でも『わからせてあげる』ことで。




 【開錠アンロック】の魔術で向かいの牢を開け、リラちゃんを揺り起こす。この子の純粋さを利用して神への供物くもつにするなど許されることではない、そう思ったのだけれど……


「むにゃむにゃ……おねえさん、どこいくの?」


「ごめんね、起こしちゃって。リラちゃんも一緒にここを出よう」


「リラはいけないんだ。だって、アネシュカさまに『こーうん』をささげなきゃいけないもの」


「よく聞いてね、リラちゃんはだまされているの。女神様のもとに行ったら、お母さんやみんなのところに帰れなくなるんだよ」


「いいの。リラが『こーうん』をささげたら、みんなしあわせになるんだもん。みんな、おなかいっぱいごはんたべられるんだもん。リラこわくないよ」


「そんなの駄目だよ。リラちゃんにも幸せになる権利が……」


「けんり?」


「ええとね、その……」


 遠くから足音が聞こえてきた。巡回の者だろうか、もうリラちゃんを説得している時間が無い。無理にでも連れ出そうと強く手を掴む。


「だめー!おねえさん、わるいひとなの!?」


「ユイちゃん、誰か来るよ!早くー!」


「……ごめんねリラちゃん、必ず迎えに来るから!」




 壁に開けられた大穴に飛び込むと、ラミカが大地の精霊に命じて入口を塞いだ。

 暗闇の中で溜息をつく。ミオさんもエリューゼも、リラちゃんのような子を神に捧げて心が痛まないのだろうか。私にはどうしてもそれが信じられない。

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